都橋探偵事情『莫連』

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「都橋、都橋興信所」  最近は店名で通じるようになった。店を構えて三年、徳田は鼻が高かった。  高級ワインを三本空けた。アルコールに弱い水島悟は泥酔に近い。 「今日スリを見たよ。若い男と若い女、女が掏って男の鞄に入れるの見た。あの男は昨日も見た。あたし達の旦那もあの手口でやられたんだ。気付かれると痴漢と騒いで周りの目を引く。その間にスカートのホックを外して下着が見えるようにしとくんだよ。正義漢は男を取り押さえて駅員、駅員から警察沙汰になる。女は恥ずかしそうにその場から立ち去るんだ。痴漢は常習と見られるからね。会社や親族に知られればそれで人生終わり。悔しいよ」  その事件で旦那が自殺した哀川瑞恵が悔しさのあまり唇を噛んだ。 「女の顔も覚えた?」 「ああ、でもあの女は若過ぎる、事件当時まだ子供だよ」 「多分大きなグループだと思う。きっといるはずよ。必ず見つけ出して仇を取るわ」  相馬紀子は夫が痴漢で逮捕された晩に家で流産した。哀川瑞恵の唇から流れる血を見て同じように当時の悔しさがぶり返した。 「瑞恵さん、そろそろ」  瑞恵は頷いた。そして泥酔の悟を抱え起こした。鼠色のセーターを脱がせ元々着ていた水色のセーターに取り替えた。 「さあ大きな赤ちゃんだこと、しっかりしなさい」  二人は両脇で悟を支えて表に出た。藤棚浦舟通りに出てタクシーを拾う。 「水道道から野毛を抜けて関内まで」  タクシーが野毛山動物園に差し掛かろうとした時「ストップ」と紀子が声を掛けた。 「運転手さんすいません、この子吐きそう、シート汚しちゃ悪いからここで降ろして」  
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