都橋探偵事情『莫連』

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「どうして大家の身内だと?」 「だって来年取り壊しだからさ、もう七ヶ月ぐらいしか残ってないから借りる人はいないんじゃないの。俺も更新出来ずに出て行くんだよ、困っちゃうよ、こんな安いとこないしさ」  確かに解体することが分かっていながら借りることはないだろう。もし貸すとしても期限条件付きを納得した上での契約となる。 「失礼ですが上の爺さんとはどんな方でしょうか?」 「俺よりずっと長いよここ、あんまり話したことはないけどもう引退して生活保護で暮らしているんじゃないかな、たまに民生委員が来るよ」 「どうして民生委員だと?」 「声大きいからさ、ドンドンドン、民生委員の玉木ですって、あれじゃここは生活保護受給者だって隣近所に案内してるようで爺さん可哀そうだ」 「それじゃここにお住まいの方はお宅と上の爺さんの二戸だけですか?」 「ああ、みんな春先までに引っ越して行った。俺も十二月には出る。上の爺さんどうすんのかなあ。まあ俺が心配しても始まらねえか」  並木は礼を言って二階に上がる。カレーの匂いが漂っている。203号室をノックした。 「どちら?」  並木は小声で警察と答えた。 「はあ?」  聞こえなかった。 「警察です」  並木は他のドアを窺う。覗き穴から視線を感じていた。ドアが開いた、並木はさっと中に入りドアを閉めた。そして手帳を翳した。 「失礼します。近所で事件がありこの辺りを訪問しております。下の佐々木さんからお聞きして吉田さんがアパートで一番長いと聞きました。いつからここにお住まいでしょうか?」  吉田はとうに還暦を過ぎている。
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