都橋探偵事情『莫連』

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「どうもこうもないんだなそれが、遺書まで出たんじゃ自殺だろうなやっぱり」  吉川は焼き上がったばかりの写真を机に並べた。 「凶器はズボンのベルト締め付けによる頸部圧迫死と同時にナイフでてめえの喉を二回突いている」 「自分でベルトを締めたんですか?」 「ああ、それで意識朦朧、止めを刺した。死ぬ気になりゃ何でも出来るさ。俺も戦場で経験済みだ。そうだお二人いいとこに来てくれた。まだ父親に知らせていない。帰りに寄って知らせてくれるとありがたい」  最悪の用足しを頼まれてしまった。わざわざ署に出向かずに電話確認すればよかった。 「遺書はありますか?」 「小さいけど写真の中にあるよ」  当時まだ複写機は出回っていない。中西が一枚を取り上げて目を近付けた。 「『お母さん御免なさい』ですか?」 「ああ、『お母さん御免なさい』だ。精神に多少の異常があっても母親を絞め殺して相当後悔していたんじゃないだろうか。親父泣くぞ、それじゃよろしく」  吉川は出て行ってしまった。 「よろしくって吉川さん」  中西が追うより早くドアが閉まった。 「しょうがねえ、足突っ込んだのが運の尽きだ」  布川が溢した。  ノックするとすぐにドアが開いた。 「見張りの警官がさっき署に戻ると挨拶して帰った。何かあったのかね?」  水島が不安気な口調で訊いた。見張りは事情を知り得て何も伝えずに帰ったのだ。 「上がらせてもらっていいでしょうか」  水島の顔色が急変した。二人が上がるとテーブルについた。水島の急須を握る手が震えている。
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