都橋探偵事情『莫連』

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「お父さん、お茶いいから、何も構わないで」  中西が水島から急須を取った。布川が息子の死を告げるよう目で合図している。 「俺?」  布川が頷いた。 「お父さん、残念です。息子さんが命を絶たれました」  二人の様子からして悪い知らせと予想していた。水島は結果を聞いてむしろ落ち着いた。溜息を吐く水島に二人も安心した。慟哭されたら居場所を無くしていた。 「殺されたんですか誰かに?」 「自殺の線で捜査しています。遺書があります。小さくて見にくいけど」  水島は老眼鏡を掛けてじっと写真を見つめた。そして首を振った。 「違う、字は悟だけど違う」 「何が違うんですか?」 「そもそもあの子は自殺など考えない。それは親の私が良く分かっています」 「でも母親を手に掛けた苦しみから生きていられないと考えるのはある意味あってもおかしくない」  布川が自分自身に置き換えて結論付けた。 「理屈はいくらでもあるでしょうがあの子は自殺なんてしませんよ。これは親にしか分からない。あの子は捕まって刑務所に入れられ服役して出て来ても何もなかったかのように同じ生活を送ります」 「それはお父さんの希望でしょう、息子さんも成人している、不登校で家に閉じこもっていたとしてもそれなりに成長はされていると思います」  布川は説得を始めた。戸部西署は自殺で処理しようとしている。二人はこれでこの一件から手を引いて継続捜査に戻る。水島は自殺ではないと確信していた。それは遺書の『お母さん御免なさい』に真実があった。悟に漢字は書けない。仮に母は書けても御免と言う字など書けるはずがない。お手本を真似たに過ぎない。
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