都橋探偵事情『莫連』

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「刑事さん、もし他にあの子の写真があれば見せてください」  布川が中西に顎をしゃくった。四面の角度から写された悟の遺体写真をテーブルに並べた。水島は一枚を手にして笑みを浮かべた。水色のセーターを着ている。母親が編んだセーターである。ここに戻る時は鼠色のセーターである。どこかで着替えている。水島は探偵の言っていた女が頭に浮かんだ。 「お父さん、何か思い浮かんだんじゃありませんか?なんでもいいんです、腑に落ちないことがあれば教えてください」   中西が水島の微妙ば変化を見逃さなかった。水島は自殺と断定している警察に話すことは止めた。騒ぎが大きくなるだけで悪い方向に進むだけ。悟が母親を絞め殺してまで家を出て行くのはそれなりの理由がある。快楽をもとめてのことだろう。猿にオナニーを教えた者がいる。探偵が見たと言う女だろうか。水島は警察に連絡せずに母親を床下に埋めればよかったと反省していた。当分は誰にも気が付かれずに済んだ。そうすれば同時に家族二人を失うことは避けられた。悟と親子水入らずで生活することが出来た。 「これ一枚いただけますか、殺されたとはいえ母親です。仏壇に報告したい」  布川は頷いた。母親の遺体もまだ手元にあらず、その葬儀が済む前に一人息子を失った憐れな男に視線を向けることが出来なかった。二人は水島宅を後にした。 「あの親父写真見て何かに気付いてましたね」 「ああ、でももうどうしょうもない。俺達の手から離れた事件だ。忘れよう」  中西の推測に引導を渡した。  野毛の公団アパートから徒歩で都橋まで十分、交番の巡査に手を上げた。 「所長、都橋の所長、昨日の母親殺しが見つかりました。後で商店街に触れて回るつもりですが丁度良かった。もう安心してください」   巡査が敬礼して笑った。
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