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都橋探偵事情『莫連』
都橋商店街二階の廊下で煙草を吸っている。ドアは開けっ放し。電話が鳴るのを待っている。結婚相談所の所長が廊下に水を撒いている。蒸気船が下って行く。すぐ先は真っ黒い海。
「探偵ひまか?」
顔見知りの船頭が冷かす。
「人が足りなくて困ってます。誰かいい子紹介してください」
徳田がはったりをかます。
「そうかい、そりゃ良かった。いや何、背広がよれよれだからよ。洗濯代も無いんじゃねえかと思ってな」
「忙しくて出す暇ないんですよ」
徳田はそう言ってラークを一箱投げ入れた。船頭は笑って黒い海に消えて行った。電話が鳴る。
「もしもし」
「生まれたよ英二君」
道子の母中村直美である。
「どっ、どっちですか?」
「男の子、道子に似て可愛いわ」
「ありがとうございます」
「野毛の公団じゃエレベーターないから道子が歩けるようになったらとりあえずうちに連れて行くわよ。産後の肥立ちが良くなるまで心配だから、ね、いいわね」
有無を言わせぬ言い方である。それも仕方ない。おしめ他全て道子の実家で用意している。
「分かりました、今夜行きます」
ソファーに凭れた。俺が父親?不思議な気分に酔いしれた。徳田英二二十七歳、思わず万歳をした。
「探偵何かいいことあったのか?」
結婚相談所の長女日出子が覗いた。
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