5話

1/1

593人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

5話

翌日、夕方になってお母さんに浴衣を着付けてもらったけど、正直圭太にあまり会いたくない気分だった。 「瑞希~!圭太君来たわよ~!」 「は~い」 約束したのに行かないわけにはいかないか。 折角浴衣も着付けてもらったしね。 「…お待たせ」 「…何かあったか?」 「え?何で?」 「何か雰囲気が暗いから」 「…別に。何でも無いよ」 まさか本人に言えるわけない。 自分でもよく分からないこの感情を、圭太に理解しろなんて無茶な話だと思うし。 10分ぐらい歩いて辿り着いた花火会場には、昔と同じように色々な出店が並んでいて、懐かしくなった。 「あ、たこ焼き」 「買うか」 「そうだね。お腹空いたし」 8個入りのたこ焼きを1つ買って、昔と同じように2人で半分こ。 「昔もたこ焼き買ってもらって、2人で食べてたな」 「そうだね~。たこ焼きは絶対買ってもらってたよね」 「瑞希が小1の時、食べようとしたたこ焼き落として泣きべそかいてたの、今でも覚えてる。そういやあの時、俺の分1個やったよな」 「そうだったっけ?」 「俺のやるって言ったらすぐ泣き止んでた。食い意地はってたよな、本当」 「はってないし」 でもそう言われてみると、そんな事もあった気がする。 「よく覚えてるよね、そんな昔の事」 「…お前との事は、全部覚えてる」 何で?とは、何となく聞けなかった。 圭太の顔が、一瞬知らない男の人に見えて… 「始まった」 その声で空を見上げると、大きな音と一緒に色とりどりの花が咲いていく。 綺麗な花火に目を奪われていると、見られている気がして横を向いたら、圭太とバッチリ目が合った。 「…何?」 「…ちょっとこっち」 「えっ…」 手を引かれて、人気の無い方向に連れて行かれる。 圭太と手を繋ぐのなんて、本当に小さい頃以来な気がする。 「ねえ圭太。急にどうした…の…」 私が言い切る前に、繋がれた手を引っ張られて、気付いたら圭太に抱き締められていた。 「俺…もう限界…」 「圭太…?」 「…瑞希の事が好きだ」 「え…?」 好きって… 「だって圭太…ずっと好きな人が居るんじゃ…」 「…それ、誰から聞いた?」 「お母さんからだけど…もう何年も彼女がいないしお見合いも断られるって、おばさんから聞いたみたい。昔からずっと好きな人が居るのが理由なんでしょ…?」 「お前さ…それ聞いて、何で気付かないわけ?」 どういう意味? 「お前の事に決まってるだろ」 「え…?えっ、待って。もしかして昔からずっと好きな人って…私なの?」 「お前以外に誰がいるんだよ」 「だって、ずっと会ってなかったじゃない!高校生の頃からずっと!」 「だから、それは瑞希が悪いんだろ!他の男と居るのを俺に見せつけたりするから!」 見せつけたって…何の話? 私そんな事した覚え全くないんだけど。 「瑞希が高校入って暫くした時、学校の帰りに公園の前通ったら、お前が知らない男と楽しそうに話してる所見たんだよ。後でそれが彼氏だって知って…俺がどれだけ悔しかったか知らないだろ」 「悔しかった…?」 「お前と同い年なら、俺がずっと傍に居て他の男なんて近寄らせなかった…たった1年の年の差が、あの時俺には高い壁に感じたんだ」 …知らなかった。 確かに圭太と全然会わなくなったのは、私に彼氏が出来た頃からだった気がする。 見せつけようと思ったわけじゃないし、見られてた事すら気付かなかったけど、知らない所で圭太の事いっぱい傷つけてたのかな… 「ごめん…私、全然圭太の気持ちに気付かなかった…」 「…だろうな。俺も中学に上がって自分の気持ちを自覚するまでは、幼馴染ぐらいにしか思って無かった」 「もしかして、私の事避け始めたのって…」 「…どうしたらいいか分からなかったんだよ。小さい時からずっと一緒だった瑞希の事を好きだって気付いて、今までどうやって一緒に居たか分からなくなった」 そうだったんだ… 「お前に彼氏が出来て、自棄になってた時期もあったんだ。でもお前がここを離れた後、帰ってきた時に会えるようにちゃんとしようと思った」 「でも、昨日まで全然会ってない…」 「…いざとなると会えなかったんだよ。お前が時々戻ってきてるのは知ってたけど、忘れられてたり隣に誰か知らない男がいるんじゃないかって怖かった。そんなの立ち直れる自信無かったし…昨日だって、忘れられてると思った時内心かなり凹んでた」 「そんなに…私の事…?」 「…ずっと好きだった。今でも好きだ」 そんなに長い間私の事を好きでいてくれた事に、驚きと嬉しさと申し訳なさと…色々な気持ちがグルグルしてる。 「圭太…ごめん。返事は少し待って」 「…」 「圭太の気持ちが真剣なのが分かるから、この場で適当に答えたくない。ちゃんと考えて答えるから…少しだけ、返事は待ってくれる?」 「…分かった。お前の答えなら、どんな結果でも受け止める」 離れていく腕が、少し寂しい。 …本当は、今すぐ圭太の気持ちに応えたかった。 でもちゃんと考えずに、懐かしさから来る一時的な感情で応えても、圭太を傷つけてしまう気がする。 雰囲気に流されたみたいにはなりたくなかった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

593人が本棚に入れています
本棚に追加