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教室のソムリエ
小学生の頃、同じクラスに「落とし物ソムリエ」というあだ名の子がいたのを思い出した。
誰かが教室や廊下で落とし物を見つけると、それは必ずその子へ渡される。
並んだ赤白帽や布製の上履き袋の上で、男の子の細くて小さな鼻がクンクンとすぼまっては広がると、落とし主は無事発見され、小さな事件は平和に解決するのだった。
「なぁ、ミツル」
すぐ側に横たわる色白の背中に右腕を絡みつけ、小さく揺すった。
「俺の匂い、まだ分かる?」
んぅ...?という寝ぼけた声を出して、寝返りをうったミツルの長い睫毛が、俺の鼻先に触れる。
「俺ってどんな匂いがする? なぁ、いい匂い?」
「んーー...」
ミツルの鼻が俺の右耳にくっついて、そのまま左の頬までを擽って離れた。
「僕とおんなじ、匂いがする」
「さっきお前に舐めまわされたかんな」
「それは、タクトだって」
ミツルは上目遣いで俺を見ながら、腰で丸まっていたブランケットを肩まで引っ張り上げた。
高校を卒業して、一緒に暮らすようになってから、もう2年近くが経つ。
コロナ禍で大学がリモート講義になったせいで、この部屋でほぼ一日中一緒にいる。毎日同じものを食べ、同じものを飲んで、同じ香りのシャンプーやシェービングクリームを使って。
だけど本当は、そんなものじゃ隠せない肌の匂いが分かるくせに。
「落とし物ソムリエさん、昔の俺の匂い、まだ覚えてる?」
「忘れるわけないじゃん。何度タクトの体操ズボン嗅がされたと思ってんの?」
ミツルが苦情を訴えるようなふりをして、俺の鼻をつまんで捻った。少し笑ってるたれ目が、あの頃と変わらず堪んなく可愛い。
「なんか懐かしいね。どうしたの、タクト?」
「ううん、ちょっと聞きたかっただけ」
あの頃は自分の匂いが気になって、ミツルに近付くのが怖かった。女の子とは違うこの匂いが、不快にさせるんじゃないかって。
すっかり大人になったミツルの太い首元に、今度は俺が鼻先を寄せてスンと嗅いだ。
「ほんとだ。俺の匂いがする」
「ね?」
「うん」
嗅ぎ分けられない程似てきた匂いを思い切り吸い込んで、
「この先もずっと、この匂いでいような」
って言ったら、ミツルは照れたように笑った。
「雄くっさい匂いだけどね」
そんな風に言われたって、それがミツルをどんな気分にさせるのか、今なら分かる。
つられた笑顔で互いに顔を見合わせると、どちらともなく小さくキスをした。
それから2人でまた、深いブランケットの海に潜り込んだ。
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