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ふたりが駅を出ると、雷がゴロゴロ鳴りはじめた。東の空には青空が見えたが、ふたりの頭上には灰色の雲が垂れ込め、あたりが薄暗くなっていく。
「なんか雨が降りそうだ。春子がもっと早く来てたら大丈夫だったのに」
和彦が恨めしそうに空を見上げながら、ちくりと皮肉を漏らす。こういうひと言がいつも余計だ。
「ごめんなさい」
春子はしおらしく謝ってみせる。仕事が忙しく、盆休みを取れるか、それさえ最後までわからなかった。そのせいで指定席が取れず、自由席も満席で、どうにかやって来た。そのことを釈明したいところだったが、いまの和彦には言っても無駄だろう。言い争うより素直に謝ったほうが得策なのだ。それは学生時代から身に沁みてわかっている。
「反省してるのなら、もういいよ。それより服を見たい。ついてきて」
行き先も告げず、和彦はさっさと歩き出す。たぶん歩いても行けるショッピングモールだ。ただし歩けば10分以上かかる。
「雨が降りそうだし、バスで行こうよ」
春子はずっと立ちっぱなしだった。それに傘を持っていない。疲れているうえに雨に濡れるなんて最悪だと思った。
「バス代がもったいないだろ。結婚するのにお金がいるんだから。それにバスを待ってる時間、歩けば着くだろ」
和彦は結婚資金を貯めることを理由にバス代を惜しんで歩いて行くと言うのだ。そういうケチなところは学生時代から変わらない。
春子はあきらめて和彦のあとをついて歩く。
しばらく歩くとパラパラと路面を打つ雨音が小さく聞こえてきた。
「おい、急げ。雨が降ってきたぞ」
和彦があわてた顔をして春子を振り返る。雨音に混じり、蝉の声までも春子を焦らせるように降り注ぐ。
「これでも急いでるの!」
足が棒になったみたいに節々が強張っていた。それでも必死に和彦のあとを追う。やがて和彦がショッピングモールの入り口に到達するのを確認する。春子と10メートルほど差ができていた。和彦は入り口でこちらを振り返ると、早くしろと言わんばかりに腕組みをして春子のほうを見ている。
乾いた路面に雨粒が落ち、どんどん濃い跡を広げていく。あたりにむっとする匂いが立ち込めた。生温い風が吹き上げ、思わずむせかえる。あと少しだ。こうなったら少しぐらい濡れてもいい。だんだんどうでもよくなってきた。
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