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「これ、俺に似合うかな?」
和彦が専門店街の店先にかかる秋物のジャケットを指さした。きっとそれがお目当ての品なのだろう。わかりやすく機嫌が直っている。
学生時代は母性本能をくすぐられるようで和彦に応えていた。でも、いまは面倒くさい。それがいいんでしょ、と春子は心の中で呟く。和彦は上機嫌で春子を見ている。春子はあくびが出そうになる。
「うん。いいんじゃない。着てみて」
和彦は肩にかけていたショルダーバッグを春子に渡すとジャケットを羽織った。
「似合ってるよ」
あくびを噛み殺し、春子は涙目で和彦を見る。和彦は鑑に映る自分の姿に満足している様子だ。
「俺のほうがよっぽどイケメンだろ」
どうやらさっき春子が言ったことを気にしていたようだ。見たこともない相手に対抗意識を燃やし、唇を尖らせ、格好をつけたポーズで春子を見つめる。
「そうね」
春子は小さく息を吐く。
「この服いいよな。すごく気に入った」
ぼそっと呟く和彦。誕プレはこれがいい。心の声が聞こえてきそうだ。
「ふうん」
そのことに気がつかないふりをして春子は軽く受け流す。そして和彦のショルダーバッグのファスナーを開けるとロッカーの鍵を入れた。このあとの和彦のリアクションが見たかった。
「はい。カバン」
「おう。サンキュ」
なにも知らず和彦はショルダーバッグを肩にかけた。
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