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外に出ると、雨はあがっていた。夕暮れの慌しさがどこからともなく訪れるように、濡れた路面を慌ただしく人波が交差する。
「なあ、春子。帰って部屋で映画を観ようや!」
和彦のテンションは、沈みゆく太陽と対照的に昇っていた。映画を観ながらイチャイチャしたい、そんな下心を感じさせた。だからだろう、雨はあがっているのに、和彦は駅までタクシーを奮発すると言い出した。そんな身勝手な振舞いをする和彦に、春子の気持ちは晴れない。それどころか自分勝手な和彦の態度に憤慨さえしてきた。久しぶりに会ったのだから、とその気持ちをどうにか抑えようとしても、もうもうと湯気を立てる路面のようにイライラした感情が立ちのぼってくるのだ。
タクシーはすぐに掴まった。並んで座った後部座席で、春子は車窓を流れる景色にぼんやり目を向ける。角度がついた夕陽が、ついさっき雨のなか歩いた通りを照らしていた。和彦は雨に濡れる春子を置いて先に行った。そのときから春子は決めていた。自分の気持ちを確かめたかった。
駅で降り、荷物をロッカーに取りに戻る。
ふたりはロッカーの前に立った。
「あれ? 鍵がない」
慌てた様子で春子が和彦を見た。
「はあ? またかよ。春子はいつもそうだ」
思わぬことをやらかし、学生時代に何度も怒られたことがあった。そのたび和彦は冷たく突き放した。
「和彦、どうしよう。なくしちゃったみたい」
「自分でなんとかしろよ」
「和彦の意地悪。いつもそう。私が困ってるのに突き放して、全然頼りにならない」
変わっていない。けっきょく和彦は変わらないのだ。それでも最後まで望みを捨てきれずにいた。
「春子が失くしたのが悪いんだ。荷物なんかどうだっていいだろ。もう行こう」
「和彦のバカ!」
「なにがバカだ。春子は昔っからそうやって自分が悪いのに逆ギレするんだ」
「逆ギレじゃないよ。荷物がないとわたしは泊まれない。それぐらいわかるでしょ」
「わかんないよ。そんなことより明日は俺の誕生日だよ。もしかして忘れてたの? いままで春子の誕生日にたくさん服を買ってやったよね。今日だってあんなに服を見てたのに、ちっとも気がつかないみたいでさ。春子の荷物なんかどうだっていいだろ」
ついに和彦が本音をぶちまけた。
「もういい。これではっきりしたから」
春子はきっぱり言った。
和彦はいつだって自分が大事なの。ずっとそうだった。春子の中でなにかが音をたてて崩れるのがわかった。
春子は和彦に背を向けるとそのまま振り返ることなく走り去った。
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