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「ねえひぃばあちゃん、おれずっとここにいたんだけど……」
ひ孫の夏彦がいつの間にか帰っていた。アイスキャンデーを片手に不思議そうな顔をして立っている。無理もない。
「ひぃばあちゃん、毎年この時期になると、ここに座って独り言を言うね。誰と喋ってるの?」
「夏彦もここにお座り」
夏彦を縁側に座らせて並びながら話をする。
「8月15日が何の日かわかるかい? 中学で習ったかい?」
「うん、終戦の日だ。今年は76回目なんでしょう?」
「よく知ってるねぇ」
「さっき友達の家でテレビでやっていたんだ。もくとうもやったよ」
「夏彦は賢くて偉いねぇ。じゃあ、これからばぁが話す秘密も誰にも言わないと約束できるかい?」
夏彦はうんと頷いた。正直で可愛らしい仕草に思わず頭を撫でた。
「ばぁが毎年こうしてここで喋るのはね、相手がいるつもりで喋っているんだよ」
「相手が、いるつもり?」
「そう、亡くなった人をね、お迎えしているんだよ」
まだ中学1年生になったばかりのひ孫にどこまで自分の話をして良いものか迷い、1つ1つ言葉を選んで話すことにした。
「戦争で亡くなったばぁの大切な人は、お前には前に話したことがあるね」
「ひぃじいちゃん。戦争に行って、生まれたばかりのばあちゃんと一緒にいたのもたった数日だったんでしょう?」
「そうだよ。私との結婚生活も2年くらいだった」
「かわいそう……」
「同級生も友達も大勢亡くなったよ。その中でもね、みっちゃんっていう親友の女の子がいたんだ。よくおはじきをして一緒に遊んだよ。みっちゃんは近所に住んでいて幼い頃から仲良しだった。お母さんととっても仲良しでね、2人とも私によくしてくれていたよ」
「みっちゃんも、死んじゃったの?」
「うん、お母さんと一緒にね」
「そうなんだ……」
「私の足ではもう墓参りには行けないからね、だからこうして独りで亡くなった人を迎えて、想像で喋りかけているんだよ。皆には内緒にしておいてね、ボケたと思われるから」
「うん、わかった。おれも真似してみてもいい?」
「ああ、いいよ。やってごらん」
夏彦はぎゅっと目を閉じて、しばらくしてから話し始めた。
「ひぃじいちゃん、ひぃばあちゃんは元気だよ。……へぇ、ひぃじいちゃんはひぃばあちゃんとみっちゃんと幼なじみだったの……うん、ひぃじいちゃん以外の人とは結婚しなかったよ。…………うん、わかったよ。伝えておくね」
とても演技をしているとは思えないくらい、夏彦は喋りが上手だった。はて、私は和彦さんと幼なじみで結婚したことまで教えていただろうか?
夏彦はぱっとつぶらな目を開けて、小さな歯をむき出しにしながら笑った。
「ひぃじいちゃんが、ひぃばあちゃんのこと大好きだって」
その瞬間、草木を走り抜けるような風が吹いた。
風が吹いてきた先の方を見た。目の前にはやはり誰もおらず、誰の声も聞こえない。
「和彦君けいちゃんのこと大好きだって言ってたよ」
さっきまでの私の想像は、本当に想像だったのだろうか。困った困った。100年近く生きると夢と現実も曖昧になってくるね。
「そうかい、嬉しいねぇ」
夏彦の手を握りしめた。私は真っ直ぐ前を見つめ、声をあげずに涙だけ流した。
確かに、そこには誰もいない。でも、滲んでいる視界の中には、昔亡くした大切な人が佇んでいる気がしてならなかった。
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