Extra Episode

1/1
前へ
/4ページ
次へ

Extra Episode

薄闇の中、ロックは目を覚ました。 割れたままの窓の向こうは静かだ。人はおろか獣の鳴き声ひとつ聞こえない。張り直した結界はきちんと機能しているらしいと確認して、安堵の息を吐く。 唇から漏れる息に、熱の気配は無い。 自分達を支配し、生命を小銭で売買した薄汚い組織の連中は、イヴを取り戻した際に狩り尽くしたつもりだっただけに、今回の襲撃は想像外だった。己の詰めの甘さから彼女を危険に晒してしまった苦々しさに、つい舌打ちをしてしまう。 「お陰でイヴはボクとの将来を約束してくれたし、それに関してだけは感謝してやらなくもないかな」 もっとじっくり時間を掛けて籠絡する計画だった。 自分の発熱によって結界が揺らぎ、その隙を突いて現れた邪魔者に触発されてイヴの記憶の封印が解け、本当のイヴのココロも手に入った。 己の失態に腹は立つが、結果だけ見れば上々と言えなくもない。 「まぁ、二度目は無いが。体調が戻ったらもう一度、掃除をしておかないと。今度は念入りに」 もう二度と、二人だけの鳥籠を乱されたくはないから。 視線を落とすと、吐息が触れる程の至近距離にイヴの寝顔があった。長い金髪はほつれて輪郭を縁取り、薄く開いた唇は少々腫れぼったくなっている。頬には涙が乾いた跡が残っていた。 昨夜はあれから息を継ぐ間も惜しむ程に濃厚なキスを繰り返して、睦言を囁いて、柔らかな体の至る所を愛でた。 熱の所為か、或いは久々にチカラを使った所為か。ロックの箍が外れた部分もあったらしく、最後、イヴは気を失う様にベッドに沈み込んでしまった。 その余韻が未だ色濃く残るイヴの寝顔に満足すると同時に、強烈な物足りなさが突き上げた。 「全く、不便だな」 自分の体を見下ろし、苛立たしげに独り言ちる。 ロックが与える睦言に溺れるイヴは綺麗で、求められれば幾らでも、一夜と言わず何日間でも与え続けたくなる。 しかし、どれだけ強大なチカラを操るとは言え、ロックはまだ十二歳。本当の意味でイヴを『満足』させてあげるには、まだまだ肉体が幼なくて足りないものが多過ぎた。 もっと、もっと、と逸る心を、軽く頭を振って宥める。 子供である事を逆手にとって、イヴを誑し込むのも悪くはない。子供のうちしか使えない手口だと考えれば、それはそれで愉しめる。 「現にキミは、ボクがこういうコトをしても『子供がする事だから』って見逃してくれるし、ね」 まろやかな曲線を描くイヴの体に掌を這わせ、全身をくまなく堪能する。くすぐったいのか、イヴは時折身じろぎするが、余程眠りが深いらしく目覚める気配は無い。 生まれつき猫としての特性を持ち、暗殺者として鍛えられた彼女は気配に敏い。仕事柄、寝込みを襲われる可能性もあるから、人前でこうも無防備に眠るなど、本来はあり得ない。 つまり、それだけロックに気を許しているのだ。 「あと四、五年もすればボクのカラダも成熟するだろうし」 くつくつと喉を鳴らして笑う。果たしてその時、彼女はどんな顔をしてロックと『眠る』のだろうか。想像するだけで幼い身に熱が灯り、舌なめずりしたくなる。 こんな欲を抱いていると知られたら、イヴから軽蔑される危険がある。深い森に閉じ込めて、将来を約束する言質は取ったけれど、今はまだ慎重に、子供と言う無邪気な殻で滾る欲望をくるんで隠しておくのが得策だろう。 小さな掌を、イヴの頬へ滑らせる。ほつれた金髪を丁寧に梳いて整え、じっくり寝顔を眺める。 かつて、組織に捕らわれていた頃。二人で身を寄せ合って、支え合いながら生きていた頃から綺麗で、優しくて、大好きだったイヴ。 守られるばかりで何も出来なかった無力な自分が今、こうして彼女を守れる事が嬉しい。そしてこの先、共に生きて行ける事も。 「キミを泣かせる邪魔者は全て、ボクが壊してあげるからね?」 かつて彼女を縛り付けていた忌々しい首輪も、薄汚れた人間どもも、全部全部。 勝手に押し付けられたチカラなのだから、どう使おうがロックの自由だ。それならばイヴの幸せを守る為に使っても構わないはず。 むしろ、世界を混乱させかねないこの強大なチカラをそれ以外の事には使わないつもりでいるのだから、感謝して欲しい位だ。 「キミを泣かせて……啼かせて良いのはボクだけ。そうでしょ、イヴ?」 くすぐる様に、イヴの喉へ指を掛ける。 ここから紡がれる嬌声はどんなに甘く艶やかに響くのだろうか。イヴ自身もまだ知らないその声を、顏を、暴いて晒す夜が待ち遠しくてたまらない。 「あぁ、そうだイヴ、子供は何人欲しい?」 猫は多産だと聞く。猫の特性を持つイヴは果たしてどうなのだろうか。 しばらくの間はイヴを独り占めして親密な時間を過ごしたい。そして時が満ちた後は、子供達に囲まれて過ごす日々も悪くは無さそうだ。 「きっと皆、イヴに似て美人になるね」 イヴは顔を真っ赤にして『気が早い』と窘めそうだ。けれど、イヴにまつわる事なら幾らでも、いつまでも夢想していたい。 何故なら。 「だってボクは、イヴを想っている時だけはボクでいられるんだから」 唇がわななき、視界が滲む。喉の奥からどす黒いモノがせり上がる。体の奥で暴れるモノが怖くて、振り切りたくて、救いを求めてイヴに顔を近付ける。 「ボクは、キミだけのモノだよ――イヴ」 口付けは、微かに涙の味がした。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加