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Prologue
低い羽音がする。高速で薄い羽が振動して空気を震わせるエネルギーが音になる。次第にそれは大きくなってくる。そしてよく聞くと、その音は複数だということに気づく。それも膨大な数の群れだということに。空が次第に暗くなる。そもそも夜だから月明かりだが、今夜は満月に薄雲だからそこそこ空は明るかった。灰白藍色の空が濃い灰色に染まり始め、伊達マモルはAM社製の49型中型銃を構えた。最新型である49型は少々重いが積める弾の量が増え、照準精度が上がっている。
本来ならこんな群れ、一人で対処するべきじゃないとわかっているが、行きがかり上、仕方ない。この先に希少麦の畑があって、これを食い荒らされたらうまいビールが飲めなくなるって言うんだから、害虫は追い払うしかないだろう。
マモルは岩陰に身を潜め、こちらにやってくる群れの先頭に照準を合わせた。何も絶滅させようってわけじゃない。ちょっと方向転換してもらうだけだ。
シロイナゴの群れがやってくる。マモルは息を静かに吐いて、その先頭にいる奴の頭を狙った。静かに引き金を引く。決して向こうにこっちの居場所がバレちゃいけない。
シュンと音がして、先頭の奴が光と共に消える。その次の瞬間、イナゴの群れは先頭からの三角形を大きく歪めて楕円のようになる。マモルは次の先端になりそうなのを素早く選び、そいつも撃つ。光、そして数百匹はいる群れがぐわっと広がる。マモルは息をゆっくり吐きながら、次々と虫を撃っていく。虫たちは乱れ、そして再びまとまり、逃げて乱れ、再びまとまる。それを繰り返しながらさっきとは違う三角形をとり始めた。そして進行方向を変えて飛び始める。
マモルはそこで撃つのをやめた。そっとひたすらに地面に身を潜め、空が晴れていくのを見守る。
よし。マモルは充分に羽音が離れてから、そっと立ち上がった。
そして草原を歩く。自分が撃った虫たちが落ちたであろう場所を探し、それを拾い上げる。
小さな石になった虫を指でつまんで月光に晒すと、それは乳白色の半透明に光った。
売れるかな。マモルは首をかしげながら、とりあえず左腰につけたケースから端末を取り出し、その石を撮影して捕獲ポイントと数や状況を入力した。センターがそれを管理して、全体共有してくれる。
石を五個全て回収し、右腰につけたポケットに突っ込んでから、マモルは雲からすっかり顔を出した月を見た。改めて自分を振り返ると、顔も服も靴も、草地に伏せていたせいで草露にしっとり濡れている。
とりあえず宿に戻ろうとマモルは銃とリュックを担ぎ直した。
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