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リストバンドが振動し、マモルは強制的に起こされた。
枕脇に置いたヘッドセットを耳につけると、着信相手の声が聞こえた。
「資格剥奪されたいのか、馬鹿野郎」
「あー…」マモルは目を閉じたまま眉を寄せた。ケイの声は、相変わらずのちょっとハスキーな声だ。酔って歌ってくれたりすると、抱きつきたくなる色っぽさだ。酔わないし、歌わないし、抱きつくと殺されるだろうから、そんなことは決してしないが、彼女が魅力的なのは誰もが知っている。
「聞いてるのか、おい」
荒っぽい声も悪くない。悪くないが、そろそろちゃんと答えないと本気で怒りそうだ。
「ちゃんと申請はしたし、必要最小限しか撃ってない。承認してくれるんだろ」
「夜間作業は前日の五時までに申請するのがルールだ。休日ならさらにその前に申請が必要だろうが」
「緊急措置が認められてるだろ? 依頼されたのが昨日の夜なんだからしょうがないだろうが」
「承認がないまま駆除作業をしたら、おまえが罰則を受けることになる」
「そうならないように手を打ってくれるんだろ? 聞いてくれよ、今来てるとこには希少麦の畑があるんだってさ。夏には黄金色に輝いて、それはうまい酒が造れるんだそうだ。今回の駆除の礼におまえのところに送ってくれるらしいから、届いたらみんなで飲もう」
「おまえはまたモノに釣られたのか。金になる仕事をしろ。国から出てる依頼をちゃんとこなせ。おまえの装備は国民の血税で賄われて…」
「わかったから、承認しといてくれ。依頼には目を通してる。現場には今日向かうって。その途中でちょっと寄り道しただけだろうが」
うるせぇなとマモルは体を起こした。昨日の夜、飲みかけて寝てしまったらしい、開いたままの水筒の水を飲む。ベッドしか入らないぐらいの小さな部屋がいくつかある田舎の民宿だ。希少麦畑の持ち主が紹介してくれ、昨夜は無料で泊めてくれた。
「虫玉は手に入れたのか?」
ケイはまだ不機嫌な口調で聞く。
「ん、五匹撃った。どれも普通のシロイナゴだった」
報告には入れたが、一応伝えておく。ケイの関心がそこにあることはわかっている。きっと承認がどうのということよりは、この話がしたかったのだろう。
「センターには郵送しておく。特に問題はなさそうだ。群れも見たけど、特に変わったところはなかった」
「群れだったのか?」ケイが驚いて聞く。
「ん、二、三百かな」
「馬鹿野郎! 襲われたら死ぬレベルじゃないか!」
ケイが向こう側で怒鳴り、マモルはヘッドセットのイヤホンを少し離した。うるせぇんだよ。
「凶暴な変異もなかったから大丈夫だよ。目視して、音を聞いて、それで判断した。ちゃんと手順は踏んだ」
「承認前に駆除作業をしただろ」
「なぁ、俺は生きてて、今から仕事にも行く。担当ならガンバレって言うのがスジじゃねぇのか? この先、待ってるのはシロイナゴの群れじゃなくて、異常変異したって噂のデカい虫なんだぞ。俺と喋るのはコレが最後でしたって可能性もあるんだから、ちょっとは優しい言葉をかけてくれてもいいんじゃねぇのか?」
「うるさい」マモルが最後まで言わないうちに、ケイは重ねてきた。「危険だと思ったら引き返せ。それがプロだ」
「おっしゃる通り。ちゃんと自分の身は守るよ」
「手順を踏め。対象確認したら、こっちにも画像を送るのを忘れるな。まだ駆除命令は出てない。今回は調査任務だってことを頭に刻んでおけ」
「はいはい」
マモルは頭を掻いた。ヘッドセットがずれて、元に戻すと通話は終わっていた。向こうが切ったらしい。
マモルはパーム端末を取り出して任務確認をした。確かに調査任務とは書いてあるが、マモルは五年以上の実務経験とレベル3以上の駆除を百以上こなしている上級駆除資格を持っているので、自己判断での駆除も許可されている。別にこの資格が欲しくて虫害対策に関わってきたわけじゃないが、夢中でやっているうちにここまで辿り着いた。若くして上級を取れたのは、虫に殺された両親のおかげだとも言える。
ケイが心配するのは、マモルが調子に乗って無茶をしないかということだ。その心配はない。ケイ以上にマモルは虫が怖いし、用心深く観察しているつもりだ。死にたくないし、死に方としても虫に食われるのは嫌だ。
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