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虫の進化についてマモルもそれほど深く知っているわけではないが、未だに世界には人間が未知の虫は山ほどいるという。何十年か前に太陽フレアのタイミングと、人為的な兵器実験、経済活動による環境の変化などで地球の生命バランスが急激な変化を遂げた時代があった。ヒトにも様々な影響が出て、原因不明の病気が流行ったり、胎児の死亡率が高まったという。そんな状態からやっと落ち着いていく中で、新種の生命がいくつも発見されるようになった。
動植物の突然変異から、それが固定種になるものもあり、中でも虫の生息域の変化は多く見られた。細菌やウイルスが生命サイクルが短いために新種を生むことはよく知られているが、虫も動物の中ではサイクルが早いと言える。虫は変化した環境に応じて変化し、そして次第に元に戻った世界でも手に入れた変化をしたたかに利用した。得てして、新種の虫は比較的大きな体と、強い殻を持ち、外部からの刺激に強くなった。飛翔高度や速度は劣ったが、それは特に悪条件に入らなかった。これまで天敵だった鳥は固い外殻のために食べるのを諦め、ヒトが農地に撒く殺虫剤に対する耐性もついていた。肉食・雑食の虫は、小動物程度なら群れで襲った。人間が襲われる例も多くはないが珍しくもない程度にあり、虫の群れをサーチする昆虫調査局が国や各地に作られた。マモルの父は調査局の人間だった。母は学校の理科の先生で、マモルはいろいろな実験道具や調査道具に囲まれた幼少期を過ごした。
両親が死んだのは、家の近所の公園だ。もちろん常時、虫の反応のサーチは行われており、安全だということでみんな安心していた。週末だったのだろうと思う。他にも何人も親子連れがいたという。どこかの子どもが公園の隅にあった石を転がしたか、石の下にトンネルでも掘ろうと穴を開けたかで、突然地獄の蓋が開いたみたいに手のひらサイズのハチが飛び出した。竜巻みたいなうなりが一瞬でできたと思ったら、ハチは公園にいた人たちを一気に襲い始めた。公園はパニックになり、マモルは父に上着をかぶせられて、ベンチの下に押し込まれた。そこにいろと叫んだ父は、ハチに群がられて黒い物体に見えた。
マモルは今でも時々そのときの夢を見る。
両親の代わりに育ててくれた祖父母は、マモルが昆虫駆除に関心を持つと、虫に関わるんじゃないと怒った。だからこっそり勉強し、こっそり駆除士の採用試験を受けた。義務教育が終わった後、マモルは家を出た。駆除士はそれぞれの地方役場で半年ほどの研修を受けて、本採用の試験が受けられることになっていた。マモルは本採用試験も一発合格し、めでたく駆除士となった。もちろん最初は失敗だらけだったが、一人前になったら祖父母も誇りに思ってくれると頑張った。が、それから一年も経たないうちに祖父母も亡くし、マモルは目的を見失いながら駆除を続けてきた。
最近では駆除に対する批判も耳にする。環境保護団体が、虫の駆除は自然の摂理に逆らっていると訴えているのだ。駆除薬で虫を駆除する際、虫が石化して一種の鉱石のようになり、それを駆除士たちが裏で売買しているというのも批判の元らしい。
マモルは昨日手に入れたシロイナゴの乳白色の石を取り出して見つめた。楕円に近い球形をしたその石は、市場に出回ればきれいに磨かれてアクセサリなどになるという。
マモルは売ったことがないからわからないが、闇で高く取引されているらしいというのは知っている。金に関心がないマモルは、求められるまま、昆虫管理センター(ICC)に送り届けるだけだ。それでケイが喜ぶなら、それでいいと思う。ケイは変異昆虫の研究を学生時代にしており、今はマモルたち駆除士の管理官である。
マモルは石をポケットに戻し、そして作業着の上着を着た。駆除に必要な道具が揃っているか確かめる。銃にも弾を補充しておく。
虫を殺すのが駆除士の仕事の全てではない。追い払うだけのこともある。共生という感覚が駆除士たちにないわけではないのだ。だから虫が嫌うスプレー弾もあるし、おびき寄せるフェロモン弾もある。どうしようもなければ殺すことも手段に入れる。それが仕事だ。ただ、今は虫害や虫が媒介する病気、虫による襲撃事故が増えて殺虫傾向が高くなっているのも事実だが。
今回は目撃情報が正しかったかどうかの調査が目的だった。記録によると「見たこともないデカいムカデみたいなものが森に消えていった」らしい。二人が同時に見て、一人は人間ぐらいだと言い、もう一人は列車ぐらいだったと言っていて、センターもマモルも、人間ぐらいのをもう一人は恐怖のあまり巨大に見えたんだろうと推測している。人間サイズだったとしても、相当デカい。スキャンして有毒の虫だと確認できたら駆除命令が出るだろう。応援が呼ばれるかもしれない。
場合によっては俺が一人でやった方が早いんだけどなとマモルは思った。
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