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 *  VR訓練は脳に与える負担が大きく、本来は短時間の訓練が推奨されている。ICCでも週に一度、二時間までとかいう制限があったように思う。だからマモルもこんなに集中して行い、これほど疲弊したことはなかった。もちろん休憩を挟みながらではあるが、最終調整を夕方まで行い、脳も体もパンク状態で訓練を終えた。  ケイにも訓練の結果は報告されるんだろうとわかっていたから、できるだけ良い成績を上げたかったが、マモルはずっと迷い、ためらい、失敗を繰り返して終わった気がした。  芳月は飲み込みも早いし、臨機応変に対処できてると褒めてくれたが、マモルは到底そうは思えなかった。  何かあったら連絡をとカードをもらい、マモルは芳月の訓練所を出た。  出たところで行く先もなく、マモルはひとまずカプセルホテルを探した。  *  五日間、芳月のところにこもっていたせいで世間とは隔絶された期間があったのは、マモルにとっても良かったようだった。アルトのことはふとした瞬間に思い出したし、VRと現実が混乱することもあったが、とにかくそれ以外に惑わされなかったのは良かった。内省の時間が取れ、どうにか新しい業務命令に向かう気持ちも作ることができた。  希少種の虫玉を作って儲けるハンター。マモルはその存在を強くイメージすることができなかった。駆除士は基本的に虫が好きだ。だから研究して駆除もできる。虫を金だと思って駆除しているわけじゃない。  ああ、でもミドリみたいなのもいるか。マモルは殺戮の天使みたいな駆除士を思い出した。ミドリは活発でちょっと生意気な女だ。ケイと比べたらかわいいもんだが、それでも豪快に駆除していく姿はやっぱり殺戮の天使みたいだ。年間駆除数は常にトップを走っていて、相談や調査には向いてない。マモルが調査業務に呼び出されていると、ミドリはそんなの断ればいいじゃんと笑う。駆除士たちで飲みに行くと、ミドリはずっとマモルの仕事のやり方を否定し続けるが、マモルも負けずに彼女のやり方がおかしいと言ってよく口論になった。  カプセルホテルの部屋に入って寝転がり、久々に端末でニュースをチェックすると、自分がVRをやっている間も有名人は結婚したり離婚したりし、スポーツの大会は活発に行われ、新しい端末が発表されたり、どこかの動物が脱走したりしていた。  ICC関連の情報もいくつかあった。郊外で新種の虫が見つかったり、定期的な駆除情報が発信されていたり。昆虫学会が主催する外来種問題のシンポジウムなんかもあった。  マモルはそれらのニュースを見てから、再びハンター調査の資料を開いた。  VR訓練の後のスケジュールは特に決まっていないようだったが、最初のミッションとしては、ハンターたちが出入りしているらしい店に行き、彼らに接近することが求められていた。同時に違法ルートで薬剤やガンを手に入れるための店を探すことも求められている。虫玉を作る薬剤は劇薬だから、基本的には素人は扱えない。マモルだって薬剤を弾に詰めるところは工場見学しただけだ。あれを自分で作るとなれば、かなりの専門知識が必要になってくるだろう。ということは、薬学や化学に詳しい人間が関わっているということになる。  そもそもハンターというのはどれぐらいいるんだろうとマモルは思った。きっとチームでやっているに違いない。希少種を見つける博識な奴、それからそれを仕留める駆除士の腕を持つ奴、それからその装備を調整する化学者。これぐらいは必要だ。あとは運転手や虫玉をどこかに流す営業マンは必要だが、それは兼任できる。  希少な虫玉は市場に出回っていないから、きっと何か裏でやりとりがあるんだろう。金持ちのコレクターがいるのかもしれない。それは虫玉に限らず、昆虫そのものに対しても存在するから不思議ではない。  そこまで考えたところで、マモルは端末を一旦閉じた。VR訓練での不甲斐なさを誰かと飲んで発散したかった。が、今は駆除士仲間と会うわけにもいかず、大人しく眠るしかない。ダイトたちは怒っているだろうなとマモルは思った。一方的に連絡を絶ち、荷物だけ置いて勝手に出ていった奴をまだ友達だと思ってくれてるだろうか。  思うわけないよな。マモルは息をついた。  今はともかく、これから俺は駆除士にあるまじきことを追っかける立場になる。その中ではもしかしたら希少種を駆除しちまうかもしれない。あるいは他人を傷つけるかもしれない。俺にできんのかな。こんな弱くて。  マモルは両腕を顔の前で重ね、目を閉じて深くため息をついた。息と一緒に張ってきた虚勢が逃げていく気がした。  確かに上級駆除士だが、問題だらけの駆除士だ。相談や調査も嫌いじゃないが、時間をかけすぎだとか、サービス過剰だと周りには評判が良くないらしい。それでも間違ってないと思ってやってきたが、これからやることは間違えることができない。ケイはああ言ったが、実際はきっと軽く現場から外されたのだろう。少人数のチームを率いることは封印されたに違いない。  ウジウジ悩みたくはないが、やっぱり時々胸が痛んだ。人員配置を考えたのは自分で、作戦を考えたのも自分だ。責任を取るのは班長の役目で、だからアルの死には責任がある。遺族にぶん殴られても謝罪に行くべきだったのだ。ICCの許可が出なくても。  マモルはVR訓練後は眠れない人もいるからともらった睡眠薬を一粒飲んだ。芳月は一錠しかくれなかった。もしこれで駄目だったら連絡をしてこいと言った。  マモルは眠ろうと決意した。夢は見るかもしれないが、現実と向き合うよりはまだ楽な気がした。
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