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 *  どうやったらハンターに近づけるのかということばかり考えていたが、そろそろマモルは自分がどうやって暮らしていくか考えなければならなくなっていた。ICCに懇願してスパイ業務は失敗したと言って本当にクビになるというのも考えられるし、このままホームレス化してICCに忘れ去られるというのも考えられた。そもそもケイは自分を忘れてないだろうかとマモルは思った。JIPAの佐伯ミキを通してケイと連絡が取れるとかいう話だったが、ケイからの伝言や質問の答えが来た試しがない。このまえ伝えてもらったはずの、ちょっと金を貸してくれというのも無視された。駆除士仲間を頼るわけにもいかず、よく行っていた惣菜屋の女将に恵んでもらった一万円は、つい最近尽きたところだった。生きるためには意外と金がいるんだなとマモルは痛感した。かつてのガールフレンドに連絡をしたら、バカじゃないのと罵倒され、世間の厳しさも理解した。親に頼るというわけにもいかず、マモルは暗くなっていく空を恨めしく睨んだ。  端末の電池もなくなり、明日にでもファーストフード店で充電しようと思った。もらった缶詰を食べ、飢えを凌ぐ。どこかの公園で夜を過ごそうと思ったら、警察官に起こされ、警察官が来ない場所だと先住者が居て、ここならと思った場所では「おまえは誰の許可を得て寝てるんだ」とチンピラに囲まれた。  こんなに裏の社会もシステム化されているとは。マモルは眠れる場所を探すのに苦労し、最終的には夜は仕事をしてあまり眠らず、昼にうたた寝をすることで解決した。それでバス停で寝てしまったとも言える。  『リセの兄』に殴られた夜は、仕事が見つからなくて、仕方なくビルの間の片隅に腰を下ろして休んでいた。業務用ゴミ捨て場があるので、ちょっと窪んでいて休むのにいい場所だった。このまま寝てしまったりすると、通報されて警察官がやってくるが、小一時間休むぐらいなら大丈夫だ。マモルはペットボトルの水を飲んで息をついた。  精神的にきついものがあった。駆除で野宿ぐらいいくらでもしたが、こうやって人目を憚り、犯罪者みたいに逃げながら夜を過ごすのは辛かった。メンタルがやられると体も調子を崩すため、最近は全体に体調が良くなかった。  本気で辞めたいとマモルは思った。何度かミキを通してケイにも言った。限界だから降りたい。本当にクビになったほうがマシだ。そう嘆いてみたが、ケイからは何の返事もなかった。  マモルは頭上ををパトロールドローンが通過した時点で立ち上がった。今のパトドローンが定期コースを一周回ってくるまでに消えてないと職務質問されてしまう。  数百メートル歩き、マモルは閉まっているスーパーの駐車場の脇にあるブロックに座った。駐車場はセキュリティも敷かれているから入れない。だから外側のわずかな余白に居場所を持つ。少し植え込みもあっていい具合だ。  ポツポツと雨が振ってきて、マモルは空を見上げてため息をついた。湿った空気が空を覆っていたから、そろそろ来るだろうとは思っていたのだ。が、屋根のあるところは先住者たちがしっかりとネットワークを作り上げてしまっている。マモルが入れる場所はない。だから屋根のない場所で我慢する。雨を受けながら、マモルはリュックを前に抱え込んだ。  殴られたところがまだ痛くて憂鬱な気分に浸っていたから、すぐには気づかなかった。ふと見ると人が立っていて、マモルは警察がもう来たのかとその顔を見上げた。 「伊達マモル?」  自分と同じぐらいの年の男がそこに立っていた。傘を差し、パリッとしたジャケットを品良く着こなしている。知り合いではない。マモルは警戒モードを引き上げた。 「そちらは?」  マモルが言うと、相手はニコリと笑った。 「ICCクビになったってホント? よく放り出せたね」  マモルはムッとした。「何か用ですか?」 「さっき、タイシのとこ追い払われたって聞いて、ぜひ会ってみたいと思って。良かった、まだ近くにいてくれて」  マモルは黙って相手を見た。金髪の柔らかそうな髪に色白の童顔。掴みどころのない笑顔が怪しいが、どこがどう怪しいのかは表現しにくい。こいつも民間駆除業者の一人だろうか。若そうなのに貫禄があるのは一体どうしてだろう? 何となく金の匂いもする。これは寄っておくべきか、遠ざかっておくべきか。マモルは相手の目の中の表情を読もうとした。男はそれに気づいたかのように笑う。 「ここじゃ何だからちょっと来てよ。一杯奢るから」  男はそう言って勝手に背を向けて歩きだす。  マモルはその背中を見た。雄弁について来るだろうと余裕をかましている背中だ。悔しいが、ここは乗っておくべきだろう。タイシという綱が切れ、やっとこっちで繋がりそうだ。業界に少しでも近づけるなら、一杯だろうが十杯だろうが飲むべきだろう。  マモルが腰を上げて歩きだすと、相手は気づいて振り向いた。が、笑みを浮かべつつ進み続ける。  マモルはさっき蹴られた脇腹を押さえながら、今の自分には盗られるものも何もないと開き直りながら背中を追った。
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