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 *  乳白色の光る球体と、青い半透明の球体、それから黒真珠のようなグレイの玉。それぞれ五ミリから一センチほどの玉がカウンターの上の白い布の上に三つ並ぶ。それをつまんでルーペでじっくり見ている姿は、まるで鑑定家だ。  マモルは男の作業をじっと見つめながら、こいつは一体何をなりわいとしているのだろうと思った。鑑定側なのか、それともコレクターなのか。仲介屋ってことも考えられる。 「いいねぇ。これは確かにいい。やっぱり腕は確かだね」  まだ虫玉を見ながら、男は嬉しそうにつぶやいた。  そう言ったろとマモルは黙って待つ。男はそれからもじっくり何度も玉を見つめ、満足そうにルーペを置いた。 「思った以上だった。伊達君、噂通りというか、噂より上だったよ。もっと早く手に入れてればよかった」 「あんたのモノになったつもりはないけどな。で、採用してくれんのか?」 「そうだなぁ…」  男が腕を組んで考え、マモルはため息をついた。 「それだけ褒めといて迷うのかよ」 「使い方を考えてる。伊達君をブランド化したいなと思ってさ。いきなりこれを市場に出したら混乱する。偽物じゃないかと疑われることもある。だから慎重に出したい。最初から量産はしない。まずは一つ出してみよう。そこからじっくり口コミを広げるんだ。いいかい?」 「良くねぇよ。危ない橋を渡ったんだから、手っ取り早く金がほしい。俺は長く手を染めるつもりもないし、どっぷり浸かるつもりもない。サクッとやって稼いだら手を引く」  マモルが言うと、男は困ったようにマモルを見た。芝居がかった腕組みもして見せる。そして深い溜め息をついて肩をすくめた。 「わかったよ。じゃぁまずは一つ出す」 「何も変わってねぇぞ」マモルはからかわれてんのかなと思った。 「だから、一つ出して、売れたら続けて出す。一回に出すのは一つだけ。本当は月に一個ぐらいでいいと思ってたけど、伊達君がそう言うなら続けて出してもいい。本当なら希少価値を出したほうが高く売れるんだけどね」  そうしないのはバカだと言わんばかりに男は口を尖らせた。 「俺の名前を出すなよ。この世界でしか生きられなくなる」  はは、と男は笑った。「伊達君、意外と聡明だねぇ」  マモルは笑みを浮かべず、じっと男を見た。こいつの起伏に付き合っていたら疲れるだけだ。 「いずれ噂にはなるし、バレるけどね。わかったよ。とりあえず希望は聞いてやる。売れたら、売価の20パーセントでどう?」 「どれぐらいで売れるんだ?」 「それはやってみないと。一般的なもので、このサイズと色、形なら、伊達君の取り分が二千円てとこかな」 「ふうん」マモルは首を傾げた。意外と安い。駆除のついでに手に入れた虫玉を売る程度なら、確かにバイト気分でやってしまいそうになる金額ではある。安いからこそ敷居が低い。ケイが信号無視だと言っていたのもうなずける。 「売れたら連絡をくれるのか?」 「三日後にまた新しい虫玉を持ってくるといい。そのとき支払う。弾は残ってるんだろ?」  マモルはカウンターに置いた銃を見た。六発受け取って三つの虫玉。確かに弾は三発残っているが、それを確かめもせずに見抜かれた。そう一瞬訝ると、男は笑ってマモルを見た。 「伊達君の腕なら、この程度の虫はきっちり一発で仕留めるだろう。三つ持ってきたということは、弾も三つ減っただけってことだろ?」 「三日後だな」マモルは表情を変えずに銃を腰に戻した。 「そう。たぶん一つ目が売れるのに三日かかる」 「じゃぁ九日かかるんじゃないのか」 「二つ目、三つ目は一瞬で売れるよ。だから三日後だ」  よくわからないが、男が自信満々に言うから、マモルはそれに従うことにした。  男はニコリと笑い、小さく頭を下げる。 「この世界にようこそ」  マモルは歓迎を示す笑顔の男を見返し、そして目の前にあるビールをグイと飲み干した。
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