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 *  森を歩いていると見慣れた昆虫たちや節足動物が行き交う。リベルは虫玉は好きだが虫は嫌いだと言うくせに、虫を玉にする瞬間は見たいと言う。わがままだなとマモルが呆れたら、生きたまま捕えて、目の前で玉にしてくれたらいいと偉そうに言った。実際、そういうショーのようなものも存在し、その後、玉になったものをオークションする場もあるようだった。それはなかなかのチーム仕事で一人でできるもんじゃないと言うと、リベルはそうなのかとがっかりしていた。どこにでもいる虫で良ければいつか見せてやってもいいとマモルが言うと、リベルはわくわくして「いつ行く?」とうるさかった。  いつか連れていってやるが今日ではない。マモルは背中に太陽を浴びながら息を殺し、身を伏せて銃を構え、視線の向こうにいる土色の蜘蛛を狙った。細かい毛の生えたマモルの頭ぐらいのサイズの蜘蛛は、かつては土の中に巣を作り、小さな生き物を餌にしていた種だが、巨大化したものはネズミなどを積極的に狩るようになり、巣でじっと待つという暮らしは捨てたようだった。それでも虫玉にすると、体内にある巣の糸を作るための成分が反応するのか、白っぽい琥珀色の玉ができる。ネズミなどを食した直後であれば、食べたものも一緒に玉になるので微妙な色や風合いが異なっていく。だから虫玉はその時々によって精度や色味、形が違い、腕のいいハンターは顧客の望むものを作り上げることができる。  マモルは狙っている蜘蛛が罠として仕掛けておいた鳥肉に食らいつくのを見た。しばらく食っているのを見つめた後、狙いをつけて蜘蛛を撃つ。消音装置をつけているので、シュバッという音で弾が発射され、蜘蛛が被弾の勢いで跳ねる。  マモルはすばやく連続して撃てるように銃を構えたまま立ち上がって蜘蛛に近づく。この系統の蜘蛛はたまに数匹のグループで活動していることもあるから近くに同じ種類がいてもおかしくない。巨大化した虫たちは死ぬときにある種の毒を出すが、虫玉にしても完全に排除できているわけではない。そのわずかな毒素の香りが他の肉食昆虫を寄せ付けることもあり、こんな森では用心しすぎることもない。  マモルは手早く近づくと蜘蛛だったはずの虫玉を専用の袋につっこみ、リュックに入れるとその場を走って離れた。途中、通常より大きな蛇やカエル、蛾の群れを見るが、もうそれは今回の獲物ではないので逃げる。彼らとは接触しないのが一番だ。  ハァハァと息を切らせ、マモルは下山した。それほど高い山ではないが、古い地震で断層がむき出しになった崖が多く、一方では土砂崩れの起きやすい緩い土地が残っているので人があまり入らない。そういったハンター向けのスポットは国内に無数にあり、そこでは虫たちが自由に発展していた。  マモルは少し開けた場所に出て、かつて何かの観測所に使われていた小屋に入った。不法侵入だが、中の設備も朽ちて使えず、アンテナだって折れて使えない。もう何十年も放置されているのが明確な寂れ方だった。  マモルは座り込んで息をついて整え、リュックを下ろしてさっき採った玉を出した。それはピンポン玉程度になっていて、角度を変えてもきれいに均等に色が広がっていた。  現場では出来栄えを確認する暇もなかったが、改めて検分すると、狙いどおりの色と風合いになっているのがわかった。これまでに何度か罠に使うものの種類を変え、注文のイメージに近いものを探ってきた。今回のでマモルも納得して納品できそうだった。  マモルは防護のためのしっかりした作業服の上着を脱ぎ、グローブも外して水筒の水を飲んだ。汗が流れて腕で拭う。小屋の外ではリーリーという虫の声が聞こえ、鳥が呼び合っているのも聞こえた。  端末を出してメールをチェックする。  リベルが具体的に何をしているのかはわからないが、マモルが提供する玉を使って交渉し、ようやく公開情報にアクセスできたと喜んでいたのが三日前だった。その依頼書にはコンピュータグラフィックスで作られたイメージ写真がついていて、宇宙のビッグバンみたいなものが混じっていた。色味、硬さ、断面のイメージもついていて、元の虫は何でもいいから、この条件に合う玉がほしいという要望書だった。誰が何に使うのかは不明。ただ、条件に一番近いものを持ってきてくれたハンターから購入し、その時点で依頼は削除される。そういう仕組みらしかった。  断面指定とは難易度が高いなとマモルが言うと、リベルはそうなの?と首をひねった。でも伊達君ならできちゃうんでしょ?と。ここで一発かっさらっとこうよと言われ、マモルは頷いた。早くカタをつけたかったし、これに失敗してしばらく依頼から遠ざけられるのもマズい。一つひとつ着実に核心に近づく必要がある。  リベルに玉の準備ができたと連絡すると、彼は今晩会おうと言った。
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