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 *  相変わらずリベルは鑑定士みたいに熱心に長時間玉を見ていた。角度を変え、それからサイズを測り、光の種類や当て方を変更して、クライアントの希望に適っているか確かめていた。 「これが元は蜘蛛だなんて誰が思うんだろう」  リベルは鑑定を終えたあとも、布の上に置いた玉を見て首を振って言った。 「駆除士なら想定はつくだろう。ただ、指定の色が出るかどうかが難しかった」  マモルが言うと、リベルは目を輝かせて何が難しいのかと聞きたがった。 「昆虫は食性によって体の色を変えることはよくあって、玉が昆虫から出来ている以上、それに影響は強く受ける。その個体が何を好物にしてて、その環境でどんな餌が手に入るのかわかならいと玉の色は想定しにくいんだ」 「それを伊達君は簡単にやっちゃうわけだ」 「簡単じゃない。だから時間がかかった」  マモルは不服そうな表情を変えずに言った。一ヶ月付き合ってみても、リベルの素顔はわからなかった。年齢的にはマモルと同じぐらいか少し上だと思うのだが、コロコロと表情を変える姿は子どものように見えた。それでも普通は滅多に手に入れられないという難度の高い賞金案件を持ってきたり、マモルが作った玉を相場以上の価格で売ってみせたりと商売の才覚はありそうだった。マモルのことをICCのスパイだと言っているが、それを本心から言っているのかも怪しく、ただからかっているだけにも聞こえた。だからマモルも決して認めない。リベルも証拠があって言っているのでもなさそうだった。 「へぇ、いいなぁ。いつか狩りに一緒に連れて行ってよ」 「やだよ。素人と一緒に行って邪魔されても困る」  マモルは心底迷惑そうに言って、ビールを飲んだ。リベルと会う場所は、このdragonflyというバーの他に、あと二箇所ほどあったが、八割方はdragonflyだった。今ではマモルはここの家具の配置も記憶し、勝手に冷蔵庫から酒を取るようにもなっていた。今日はつまみにナッツを瓶から取り、口に入れている。リベルが経営しているのかどうかはわからないが、dragonflyはいい酒といいつまみを置いていた。ナッツも質が高いのか、持ち帰りたくなるぐらい美味い。 「邪魔なんかしないよぉ。簡単なのでいいから一回見たいな。お願い。伊達君の願いを何でも聞くから」  リベルは懇願して手をすり合わせた。大げさな芝居だとマモルは苦笑いした。ホントに子どもみたいだな。 「害虫駆除なら連れて行ってもいい。賞金稼ぎに比べたら微々たるもんだけど、それでいいなら仕事取ってこいよ。その代り、俺も玉の流通を見てみたい。闇市でもあるならこっそり入らせてほしい」 「OK」リベルは指をパチリと鳴らして嬉しそうにした。「販売ルートだね。こっちもいろいろあって、駆除士が入っていいオークションや市場と、ディーラーしか入れない場所がある。今回のは個人依頼だからどうかな…もし、いけたら見せてやるよ」  リベルは調子よく言った。本当かどうか怪しいが、とりあえず言質は取った。何かのチャンスが来たら強引に入っていってやろう。 「玉を手に入れた客は加工して売るのか? 食う奴もいるってのは聞いたことがあるけど」  マモルが言うと、リベルは大切そうにマモルが持ってきたツメアカツチグモの玉を布に包んで箱に入れながら肩をすくめた。 「希少種はコレクターアイテムとアクセサリーとしての加工原材料と両方だね。食べるというか薬効が信じられてるのは確かにあるけど、それも長寿や不治の病を治すとかの眉唾もんだし、僕にはちょっと理解できないけどさ」 「パワーストーン扱いされてるってのは聞いたことがある」 「そう。一部の人たちには、虫玉にはパワーがあると信じられてる。海外の顧客にも売れるんだよ、虫は地域限定の品種が多いから」 「そうだな。南国のカラフルなやつの方がアクセサリーとしても人気がありそうだしな」 「そう、でもカラフルじゃないのを求める層もあって、茶色や灰色の虫の微妙な色の違いを楽しんでいるコレクターもいる。人の好みはいろいろだから」 「そんなもんか」  マモルは頬杖をつき、自分が今まで仕留めてきた虫玉を思った。斑点の美しさや、背中の光沢なんかを見て、どう撃てばきれいな正円になり、どう処理すればリアルになるかを考えた。 「加工以外には食品業者も参入してて、薬品につけて表面を溶かしてタピオカみたいにして飲むのが流行ってる。コオロギドリンクとか、サソリジュースとかね。二日酔いに効くとかって話だけど、試してみる?」 「いや、いい」  マモルは肩をすくめた。食用の虫なら今でも十分流通している。何も虫玉にした後に利用する意味がよくわからない。そもそも、虫玉にするのは毒性を中に封じ込めるためだ。それをわざわざ体内に入れて何をしようというのかわからない。医学的根拠があるとは到底思えなかった。 「毒をもって毒を制するって考え方なんじゃないかな。医学がどれだけ進んでも、人は死を恐れ、逃れたいと思うんだよ。そういうチャレンジャーがいてこそ、人は新しい薬効を見つけるわけだし、彼らが馬鹿だとは一概には言えないよ」 「俺は馬鹿だとは言ってない」  マモルが言うとリベルは笑った。 「顔がそう言ってるよ」  そんなことはない。マモルはナッツを噛みながら思った。自分だって虫玉の理屈を全部知っているわけではない。科学者でも技術者でもないから、教わった通りを信じているだけだ。だがそれが間違いだったり、意図的に隠された秘密があるとしたら、確かに薬効はあるのかもしれない。 「あ、伊達君、ラッキー」  リベルが携帯端末を見ながら言って、マモルは彼を見た。リベルはウインクしそうな笑顔で身を乗り出してマモルを見返した。 「虫玉の画像を送信したら、ぜひ本物が見たいって。取引所に一時間後。これは売れる可能性大だね。一緒に行く? 運転手として雇ってやってもいいよ」 「取引に俺が行っていいのか?」  マモルは目を丸くした。これまではずっとリベルが勝手に売ってきた。そして今回の発注もリベルが取ってきた。だからマモルはどうすればルートに紛れ込めるのかと悩んでいたところだった。ダメ元でリベルに条件付けしてみたが、言った矢先に叶うとは思ってもいなかった。 「普通はみんな保身のために仲介をたくさん通すもんだよ。そうやって身バレしないようにするわけ。でも僕が取り扱ってる商品は、暗黙ルールで元ICCの伊達マモル製品ってみんな知ってる。何度も言ってるけど、君はこの業界ではちょっとした有名人なわけ。誰も表立って口にしないけど、みんな知ってる。劇薬だから取り扱いがわからないうちは触らないって人が多いだけなんだよ」  劇薬のつもりはなかったのでマモルは眉を寄せた。が、元ICCであること自体が劇薬だと言えないこともなかった。敵か味方かわからないのは精神が休まらないに違いない。 「だけどコレクターや最終の小売卸としては、腕のいいハンターがいるなら、自分が直で取引したい。仲介なんていると金が積まれるだけだからさ。本当はみんなハンターと会いたいんだ。ただハンターは基本アウトローの厄介者イメージがある。仲介者を立てたほうがトラブルもない。ハンターも万が一、それが罠や囮の取引であっても自分は遠くで安全に過ごすことができるから楽だから利用してる。君は例外だ。元ICCで技術にも人柄にも定評がある。もし君がICCのスパイでさえなければ、とてもクリーンな人間なんだよ」 「アウトローでクリーンって何だ」マモルは自嘲気味に笑った。が、リベルの言っていることはなんとなくわかった。ICCの影がつきまとうが、マモルはどう考えても荒くれ者とは一線を画す。であれば交渉で何とかやっていける相手ではないかと思ってもらえるのだろう。 「君を取引に連れて行く条件は二つだ。一つは必ず僕を仲介者として指名すること。二つ目はもし捜査の手が伸びてきたときも僕だけは守ること」 「それはお互い様だろ」  マモルは苦笑いして答えた。マモルとしても、このリベルがどの位置にいるのかわからずにいる。彼もICCのスパイなんじゃないかと思ったこともあった。単なるディラー、あるいはバイヤーだとしても、そうなると犯罪者の一員だ。立場上、元ICCのマモルを使っていることが厄介になって処分することだって考えられる。 「そうだね。僕は君が違法手段で虫玉を作っていることを知っている。ICCはきっと業務上必要だったと言っても、ICCの演習林で勝手に昆虫を玉にする許可はしてないだろうからね」 「俺を監視してんのか?」 「まぁ、多少はね。用心深くないとこの業界やってけないもんで」  リベルはぺろっと舌を出した。マモルはフンと息をつく。 「演習林のセキュリティが甘いってのは、現役時代から上に言ってたんだよ。銃にGPSがついてるんだな?」 「ご明察」リベルは嬉しそうに笑い、自分もビールを出した。  マモルは自分の銃をちらりと見たが、それを返却はしなかった。別に場所が特定されても都合の悪いことはない。どうせ今はケイとも連絡が取れず、放牧状態だ。演習林に行けば何かアクセスがあるかとも思ったが、それでもない。向こうがどう思っているのかマモルにもよくわからなくなっていた。 「伊達君は金を得ても嬉しそうじゃない。そりゃ以前よりはいい服を着てるけど、前のが悪すぎた。ボロ布が新品になっただけだ。これからどうしたいの? 貯金して寄付するために心を鬼にして虫を殺すわけ?」  リベルに言われ、マモルは少し考えた。虫玉の換金率を考えたら、その方が道は早い気もする。公的駆除士としてICCのルールに縛られ、害虫駆除はせず、一定以上の被害を及ぼすと判断されたものだけを取り扱うのはジレンマでもあった。 「俺は…虫に罪はないと思ってる。だからICCにいようと、いまいと、虫を撃つ時はゴメンなって思ってる。同時に、虫はそんなこと全然思ってねぇから、人間も餌とか敵だと認識してるわけで、実際に対峙したときは俺も相手を敵だと思ってる。どうしたいとか…あんま何もねぇな。金はあっても困らないのは事実だ。ないと困る」 「狩人の言葉だねぇ」リベルが笑って答えた。 「襲っても来てないのに玉にするために撃つのはちょっと気がひけるな。だから虫には襲ってきてほしい。その蜘蛛なんて、俺がおびき寄せて玉にしたから高値がついても微妙だな」 「でもこれで闇市の一端が覗けるわけだよ」 「そうだな」マモルは言葉を切り、また少し考えた。闇市というが、それほど闇ではないのかもしれない。なんだかそんな気がしてきた。駆除士の八割が関わるという売買が、そんなにものすごく深い闇で行われているとは思えない。近所の公園で待ち合わせして数千円で交換されてる場合もあるらしいから。子どものカード交換や、フリーマーケットみたいなもんだ。 「俺は虫玉が駆除の結果なら別にいいと思う。でもそのために新種を作り、殺し、玉にして売るってのはどうかと思ってるだけで。それがまた新しい虫害の元になることだってあるんだし、誰にとっても幸福じゃない」 「だから闇市を見たい? そういうことやってる犯罪集団を一人でぶっ潰すの? マーベルヒーローみたいに?」  そう言われてマモルは首をひねった。 「一人じゃ無理だから、きっとこっそり通報だな」 「それは完全にICCのスパイ行為だよ、伊達君」 「ICCは駆除士の玉の横流しを黙認してんだ。闇市に一枚噛んでてもおかしくねぇよ。場合によっちゃ、俺はICCからも面倒な奴って目をつけられてるかもしれない」 「へぇ」  リベルは感心するようにマモルを見た。マモルは小さくため息をつく。自分が知っている駆除士仲間たちも玉を売っている可能性は高いと知ったときはショックだった。みんな小遣い稼ぎにやってるとケイは言っていた。本当だろうか。新人のカナにも近いうちに声はかかるんだろうか。 「俺は自分がそんな名が通ってるって知らなかったから何も考えてなかったけど、大した学歴もない俺から職を奪った時点で、こっちの道に入る想定はされてたはずだ。ICCは組織改革してて上がごちゃごちゃやってたから、もしかしたら俺に全部押し付けて逃げる気なんじゃねぇかな。俺は都合のいいスケープゴートで」 「へぇ、いい線いってる」 「は?」マモルは目を丸くした。「おまえ、何か知ってるのか?」  リベルはニコッと笑ってぶんぶんと首を振った。 「僕の推測と同じ方向に向いてるから、一緒だなと思ってさ」 「横から見てそう思うんなら、そうなのかもな…。俺、けっこうICCには貢献してきたんだけどな。経費は使いすぎだとか言われたけど」 「まぁ、ICCのことは忘れて、とりあえず今日の取引が成功することを祈ろう。資金ができれば動けるし、動けば知らなかったことがわかる。わかれば対処法だって練られる。君をヒーローにするのは僕としても悪くない案だと思うしね。ダークヒーローだとしてもね」 「あんたはいいよな。俺の人生にタダ乗りして楽しめて」  マモルが愚痴っぽく言うと、リベルはケラケラと笑った。 「そんなことないよ。僕は僕でけっこう綱渡りしてる」  言われてみればそうかもしれないなとマモルは頷いた。 「成功を祈って」  リベルがビールの缶を掲げたので、マモルもその缶に乾杯した。  まずは取引だ。
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