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湧き水が溜まった池からは、小さなせせらぎが生まれ、それは大きな川になることなく、細く下流へと流れていっているようだった。池の上には空が見え、星が小さく瞬く。池の奥の方に水草が生い茂り、そこに別の光がチラチラと見えた。
車は池の手前に停めた。リーリー、ギーギーと虫の声が聞こえ、時折バサッと何かが羽を叩くような音もして、リベルはそのたびにビクビクした。
「防虫服も着てるんだ。大丈夫だ」
マモルはリベルのフルフェイスヘルメットのベルトを確かめながら言った。
「巨大カマキリでも切れない服か?」
リベルが聞くので、マモルは首をひねった。
「大きさによるな」
そう言うとリベルは付いてきたことを後悔する愚痴をぶつぶつ言った。
これでもう二度と付いて行きたいとは言わないだろう。
マモルは自分もゴーグルをつけ、銃を持つ。宇宙服みたいなリベルに比べると、マモルは単なる作業服みたいなものだった。リベルはそれを心配したが、マモルは平気だと笑った。
「池の周りも意外と足場が悪いから、俺の後を遅れずについて来てほしい。できれば俺が踏んだ跡を踏むといい。早すぎるときは声をかけてくれ」
マモルが言うと、リベルは素直にうなずいた。いつもの薄笑いはなかった。
マモルは岩や倒木、濡れた落ち葉や腐った植物、そして水を含んだ泥が入り交じる地面を進んだ。踏み込むたびにジュッと水分が出る。
少し進んだ時点で、マモルは歩みを止めた。
「どうした?」
すぐ後ろについてきていたリベルがぶつかりそうになって聞いた。
「先客がいるかもしれな…」
マモルが言いかけたとき、背の高い水草とガマの間が一瞬強く光り、マモルはリベルと一緒にその場に身を沈めた。
「別のハンターがいる。今日は引き返そう」
マモルは声を抑えてリベルに提案した。
「え、三時間かけて、蛾の襲撃を乗り越えてやってきたのに?」
「向こうが武装してるような奴らだったらどうするんだ」
「発光玉のオーダーが先に取られても嫌だろ。君の方が腕がいいのに」
光はまだ数発続き、そして何やら会話する声が聞こえた。物音も聞こえ、マモルは舌打ちをした。そんなにうるさくやったら、他のまで寄ってくるだろうが。
「五、六人はいる。人数が多いし、うるさいから他の夜行生物が寄ってくる。危ない」
「エーッ」
「ほら、後ろ向け。さっさと逃げよう」
マモルはリベルを反対側に向かせ、そして水草の方を見た。陽気な声がする。どうやら狩りがうまくいったので、ハイになっているらしい。大金持ちだという声が漏れ聞こえた。素人ではないようだが、プロでもなさそうだった。そういう中途半端なのが怖い。荒っぽいのが簡単な儲け話だと食いついて、貴重な虫を乱獲する。意味もわからず玉にするから、金にならないのも殺しまくる。
あれ、もう光ってないぞ。
訝る声がする。そりゃそうだとマモルは思う。ホタルの発光のしくみは酵素だと言われている。しかも絶妙なバランスで配合された自然の発明品だ。マモルだってホタルが光るそのままを玉に維持できるとは考えていない。うまくやれば、刺激を受けた時だけ発光する玉が手に入るかどうか、という賭けみたいなものだった。
ちぇ、と言う声とともに玉が投げられ、池にぽちゃんと落ちる音がした。
マモルはまた舌打ちをする。刺激するんじゃねぇよ。
「リベル、ジープまで走れるか?」
そう聞いた時、ザバッと水が跳ね上がる音がして、ほぼ同時に誰かが恐怖の混じった声を上げるのが聞こえた。
リベルの返事を聞く前に、マモルは先客ハンターたちの方を振り返った。銃声が響く。やっぱり銃を持っていたんだなと思うと同時に、ガサガサと何かに襲われているらしいのも感じ取る。仲間に助けを求める声もする。
「ジープに戻ってろ」
マモルはリベルに命じると、自分は池の奥へと走り出した。
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