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 マモルは奥を覗き込むように見た。まだ入り口は明るく、木々の間に草地も見えるが、奥は少しずつ暗くなっているのがわかる。とはいえ、木漏れ日が差すため、真っ暗ではない。 「おっと」  マモルは少し足を進めてから立ち止まった。マモルの姿に気づいたハエが数匹飛び上がる。思わず腰の銃を握りしめたが、ハエは一センチほどのサイズでマモルを襲ってはこなかった。その下には半分白骨化した犬の死体があった。毛が丸い物体となり、そこには三十センチほどのミミズや、白い何かの幼虫、それと卵も見える。 「犬か…」  マモルは顔をしかめた。が、よく見ると犬の耳らしきもののサイズからすると、死体のサイズが小さかった。残りはと見ると、その向こうにもう一つ毛があった。そこにも骨がある。  マモルはゆっくり慎重に進んだ。虫を払いのけ、骨をつまむ。まだ毛や肉が残った骨だったが、裁断面は驚くほどきれいなものだった。これはバッサリ切られたなとマモルはうなった。  ちょっと待てよ。マモルは骨を捨てて端末を取り出し、検索をかけた。この噛み切る力を考えると別の可能性が出てこないか? この犬の半身はどうしてここに残ってる? 食うために殺したんじゃないのか。思ったより不味かったのか。それとも腹は減ってなかったが襲ってみたのか。わかんねぇが、とにかくサイズはデカいはずだ。  ジッと横で音がして、マモルはとっさに全ての動きを止めた。ガサッと落ち葉が掘り起こされるような音がして、黒いムカデの影が反り立った。  やべぇと思った瞬間には、銃を構えていたが、同時に腰の辺りに強い衝撃を受けて地面に頭を擦り付けていた。規定通りヘルメットをしていて良かった。何だかわからないが黒い恐竜みたいなのがうねっている。マモルはまずは距離を取ろうと、木が林立する森の中へと逃げた。開けた場所では巨大な相手の独壇場だと思ったのだ。が、それが間違いだったと気づいたのは、その直後だった。  木々の影だと思っていたのが、いくつかは触覚だったとわかったとき、マモルは死を意識した。俺、ここで死ぬんだと思った。ムカデが集団で狩りをするのは聞いたことがないが、偶然ムカデが複数いるところにエサが落ちてくることはあるだろう。いや、まだ死ねねぇ。マモルは恐ろしいスピードで近づいてくる節足動物に銃口を向けて撃った。昆虫用だが、クモやムカデの類にも効果はある。ただこのサイズだと体の一部を硬化させるぐらいの威力しかない。動きを緩慢にさせるのが精一杯だった。  ガチンと金属的な音がして、マモルは後ろを振り返った。  ガァッと声にならない叫びが漏れる。自分と同じぐらいのサイズの青いハサミムシが首をもたげている。  聞いてねぇ。こんなの聞いてねぇ。  マモルは夢中で隙間を探した。一番デカいムカデは四メートルほど。そいつの目を狙って撃ち、目が使えなくなったと見越して、前方へと走り込む。他のは二メートルぐらいのと一メートルほどだったから、さっき撃ちまくったので動きは取りにくくなっているはずだ。とにかく、アオスジハサミムシから逃げたかった。あいつが犬をちょん切ったんだろう。あれが凶暴化していることが多いのは駆除士仲間にも有名だ。  マモルは必死で走って逃げ、後ろを振り返った。そして急ブレーキをかけた。  アオスジハサミムシが体を硬化させられて動きの鈍ったムカデを次々にぶった切っているのが見えた。それはまるで快楽殺人鬼がナイフで遺体をバラバラに切っているみたいで、マモルは吐き気を感じた。が、チャンスだった。  リュックを下ろし、銃にアタッチメントをつけて容量の多い弾を詰める。ムカデはバラバラ遺体になっているから、まずはあのアオスジハサミムシだ。汗が流れて目に入り、マモルはゴーグルを捨てた。あいつが気づかないうちに。  息を整えて、それでも肩が大きく動いていたが、できるだけ慎重に撃つ。  頼む。これで足りてくれ。  マモルは放たれた光を直視しないように顔を背けた。  ガサリと音がして、マモルはアオスジハサミムシがいた方を見た。そこには静寂が戻っていた。
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