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 *  ジープの登場のおかげで、ハチを追い払うのにかかった時間はわずか数分だった。マモルがいくつかを撃ち、ジープがマモルを轢きそうになるぐらい突っ込んできて、ハチの集団を散らばらせた。その散ったいくつかをマモルが撃ち、何とかハチは一旦退却したようだった。  ジープが派手に池にライトを当てている。やるならここまで派手にやらないと、奴らは怯えない。もちろん全ての生物が息を潜めてしまうので、ホタルだって姿を消したが。  マモルは倒れていた女をジープ脇に運びながら、リベルが嬉々として虫玉を拾っているのを見た。言いたいことはあるが、それどころではないので、まずは女の手と顔に清潔な水をかける。飲み水として持ってきたものなので大量にはないが、それでもないよりましだろう。服は革製だったので、幸い肌が出ていなかったところは刺されていないようだった。  既に赤く腫れ始めている刺し傷を、濡れたシートで拭い、できるだけ毒を出す。それが今できることの全てだった。  もう一体、池から運んできた足を片方失った男の遺体がある。靴跡や声を聞いた様子からは、あと何人か仲間がいたはずだが、そいつらは逃げたようだった。 「リベル、こいつらを病院に運ばないと」  マモルが言うと、リベルは振り向きもせずに「死んでるじゃん」と言った。 「一人は生きてる。もし毒があったら早く手当しないと」  そう言って立ち上がったとき、マモルは足首を掴まれてぎょっとなった。  女が意識を取り戻していた。もう片方の手にはどこかに持っていたらしい小型の銃があり、マモルに向けている。  蹴飛ばせばすぐに奪い取れそうだったし、女がそれ以上の攻撃ができる状態ではないのはわかっているので、マモルはそれを冷静に見つめた。 「目が充血してるし、刺されたところが腫れてる。医者に見てもらったほうがいい」  女に言うと、彼女は目を閉じてからゆっくり開いた。辛そうだ。 「ポイント7に連れていけ」  女が言い、マモルは眉を寄せた。 「ポイント7ってどこ?」 「ダーツバーの」  と言って、女は苦しそうにした。  これ以上説明させてもと思い、マモルは女にうなずいた。 「わかった。ダーツバーのポイント7だな。誰かに会うのか?」 「医者がいる」  辛うじて彼女が答え、マモルは彼女をジープの後部座席に寝かせた。遺体はちょっと迷ったが、袋や布も持ってきていなかったので、自分の作業服をぬいで顔にかぶせて軽く包んだ。それをトランクに積む。 「リベル! もう行くぞ。残るなら置いていく」  そう言うと、リベルは走って戻ってきた。 「もう、伊達君はせっかちなんだから。どうせ早く行っても死体は生き返らないよ」 「だから一人は生きてるって。あんた、ダーツバーのポイント7って知ってるか?」  助手席に座ったマモルが言うと、リベルは肩をすくめた。 「知ってるけど?」 「そこに連れていけって、後ろの人が。案内してくれ」 「え、殺されたいの?」 「何言ってるんだ、医者がいるらしい」  マモルは車を出した。一旦バックして、それから林道へと入る。再びガタゴトと上下左右に揺れるので、リベルがわめいている。  ようやく少しマシになった地面になり、リベルがマモルに怒鳴った。 「ポイント7ってね、闇業者の元締めの店だよ。黒烏会っていうでっかい組織のボスの店の一つ。この人たちが手下だとしたら、殺されるか、気に入られるかのどっちかだよ」  リベルが言い、マモルは運転を続けながら少し考えた。 「だとしたら、普通の病院に連れて行っても一緒だろ? どっちにしろ関わったことはバレる。顔も見られたし遺体を放置していくわけには…」 「その辺に捨てていこうよ。少なくとも遺体は」 「それはできない。虫害での死亡なら保険も出るだろうし、遺族が助かる」 「伊達君、真面目。それでICCクビになったって設定でしょ? 悔い改めたら?」  マモルは黙って前を睨んだ。うるせぇな。 「じゃぁおまえは店の手前で降ろすから待ってろよ。俺が生きて戻ってきたら、また組んでくれ」 「え、やだ。そんな面白いシーン見逃すなんて。一緒に行くよ。最悪、僕は金で自分の命を買えると思うしね」 「じゃぁ俺の命も買ってくれよ」 「それはやだ」  ふんとマモルはルームミラーを見た。後部座席の女は車が跳ねるたびにうめいているから生きている。  急がないと。  マモルは同じハチに刺された自分の腕をちらりと見た。ハチ毒のワクチンは受けているし、これまでに何度かハチに刺されたこともあるから、反応の具合で毒性の強さはわかる。ある程度耐性がある自分でも熱を感じ、腕の腫れとしびれを自覚しているのだから、きっと耐性がない人間は辛いに違いない。 「リベル、近くに薬局があったら寄るから教えてくれ」  マモルが言うと、リベルは抵抗を諦めたように返事をした。
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