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数日して腫れは引いた。
リベルの説明によると、黒烏会は裏の多くの闇業者を束ねているが、虫玉取引については遅れを取っており、まだ本格参入できていないらしかった。それで調査も兼ねて部下に試してみるよう言っていたが、手柄を焦った若い奴らと面白がった娘が身の程知らずの挑戦に出かけ、あんな事故になってしまったという。
そこでリベルは提案した。リベルは既にマモルというハンターを持っている。そこから広げた商売のおかげで、今ではある程度のオークション会場にも入れるし、取引所にも顔が利く。もっと手を広げたいのはリベルも同じで、黒烏会の後ろ盾や豊富な活動資金、盗品でも犯罪商品でも何でもいいから気に入ったら買うタイプの顧客リストは喉から手が出そうにほしいものだった。自分たちが正しい虫玉の作成方法や保存、鑑定を教えるから、そっちの顧客に自分たちの商品を紹介してほしい。売上手数料はもちろん取っていいから、とリベルは交渉した。
手数料は売上が低いうちは、売価の二割、ある程度売れると一割、そして設定した上限を超えた分は無料という設定になっていた。もちろん、相当売れないと無料にはならないが、そうなったときはおそらく黒烏会だってかなり儲けている計算になる。
互いに合意した二人は、それぞれ準備を進めた。リベルは先に虫玉の鑑定などの教育を黒烏会の幹部の何人かに教えた。マモルははじめ、そのサンプルを作るために虫玉をいくつか用意した。
が、体も本調子に戻った頃、リベルに黒烏会の下っ端に虫玉の作り方を教育しろと言われて戸惑った。それは話が違う。
自分が節度を持って虫玉を仕方なく納品するのと、乱獲するのがわかっているような金に目がくらんだ若い奴らに虫玉の作り方を教えるのとは、全く次元が違ってくる。そこに手を出すと完璧にICCには戻れなくなるんじゃないかとマモルは不安になった。
だからケイに相談したかったのだが、相変わらずケイとはなかなかつながらなかった。JIPAのミキとは連絡がつき、自分の状況は伝えてみたが、どう対処しろというのもなければ、何とか罪にならないようにするという答えもなかった。ただ、できるだけ時間を引き伸ばせと言われただけだった。
マモルは気が進まないまま、それでもリベルがこれをやれば大きな取引所に出入りできると言うから、それを狙うしかないと心を決めた。闇ハンターの養成なんて、どう考えても犯罪にしかならないが、それを拒むとスパイ疑惑が強まってしまう。リベルとの関係も黒烏会との関係も崩れてしまう可能性があった。
そして初日にやってきた生徒は、二人の若い男と、一人の女、会長の娘のハルカだった。年齢は三人とも二十代後半から三十代前半ぐらいに見えた。特別な銃を撃って儲けられるというノリが感じられ、マモルは複雑な気持ちになった。ハルカの顔や手足の見えるところに腫れや傷はもうなくなっており、それだけは良かった。彼女に命を助けた礼は一言も言われなかったが、マモルは気にしなかった。それより闇業者を育てる自分の行為が後にどのように罰せられるのかが気になった。
時間稼ぎも兼ねて、まずは座学だと虫玉の理屈や、虫毒について一通り教えたが、二人の男は早く撃たせろとうるさかった。ハルカは黙って聞いてはいたが、あくびをしていた。
マモルは三日ほど続けて座学をし、リベルを通してボスにクレームを受けた。
「伊達君、黒烏会のボスから早く実地訓練に入れって苦情が来たよ。明日からやりますって言っておいたからよろしく」
リベルはそう言って、いつものようにマモルにビールを勧めた。
もう引き伸ばしはできないらしい。マモルはビールを飲み、仕方なくうなずいた。
「明日な。アリとかでいいかな、最初は」
「あのね、訓練校じゃないんだよ。せめて甲虫にしてよ。売れないの作っても喜ばないよ」
「甲虫な…。草原に入るのか…。荒らしそうだな」
「荒らすよね。通報されにくいところ、思いつく?」
リベルは自分もビールを飲み、つまみのスナックを齧る。
「なくはないけど…俺の狩場、荒らされたくないんだよな」
「縄張りってわけだね。黒烏会の関係者の土地、聞いてみるよ。そんなの山程あるはずだから」
マモルはうなずいた。気が進まないが仕方ない。引き伸ばしてはみた。でもこれ以上は黒烏会が納得しないだろう。
「で、光る玉、できた?」
リベルは期待に目を輝かせて聞いた。
「ん。どう光らせるかってところだけど」
マモルは下に置いていたリュックから袋を出した。傷つかないように布で包んでいた虫玉をカウンターに広げる。
「ホタルはどうしても短時間になる。中で生成してるわけじゃないから、酵素反応が終わると光らなくなる。それでもよければコレ」
マモルは一番端のをリベルに見せた。リベルは早速鑑定し始める。
「こっちのは鱗粉で光るタイプ。角度で光を乱反射するから、上から吊ったり、動きのあるインテリアとかに組み込むといいと思う。あとは元々が乱反射するタイプの虫。これも角度で色が変わる。最後のは蓄光タイプ。インテリアに使うなら、中にLEDを突っ込んだほうが手軽できれいだと俺は思う」
「目的は知らない。こっちは注文に応じるだけだから」
リベルはそう言って、タイプ違いの玉を見比べた。
「いいね。どれも提案してみるよ。海外客は支払いがいいから好きだな」
「今回のは海外か。広がってきたな」
「元々熱心なコレクターは海外に多くて。黒烏会にスポンサーになってもらって、展示会にエントリーしようかと思ってるんだよ。それ用に何か目玉になる凄いの作って欲しいな。それで一気に上り詰めたいんだよね」
「目玉か」
マモルは息をついた。最近は違法ハンター目線が馴染んできて、何を言いたいかもすぐにわかってしまう。そんな自分が嫌になることもある。
「小さくても希少種か、在来種で大きいのか、どっちがいいんだ?」
「希少種だよ。小さくてもいいから、伊達君の技術をめいっぱい詰め込んできれいに仕上げてくれれば最高」
「わかった。いつまでに?」
「来月だけど、その前に、黒烏会の生徒さんを実地に連れて行って、ボスに恩を売らなきゃ。お嬢さんが来てるんだろう。彼女に気に入られないとスポンサー契約してもらえない。つまり希少種がいるような森に行く資金も得られず、エントリー資金も用意できない。展示会を遠くから眺めるだけになる」
マモルは深く息をついた。疲れる。本当にそれを最後にしたい。いや、しなくちゃいけない。
「展示会に出れば、虫玉の流通経路が見えてくるのか?」
「とういうか、関係者ばっかりだよ。違法ハンター、加工業者、バイヤー、小売業者、そしてコレクター。海外とはオンラインでつながってて、代理人が交渉して買っていく。パリコレとかの服の展示会と一緒だよ」
「そういうのは、しょっちゅう開かれてるのか?」
「国内の大きな展示会は春と秋の二回だな。それぞれ主催者が違う。秋の方が当然ながら規模も大きいし、商品も多い。春の展示会は、ツールや薬剤なんかのブースが多いかもしれないな。あとは加工品。海外のは桁が違うぐらい大規模だけどね」
「インターナショナルもあるわけだ?」
「そりゃそう。でも元々の虫が好きって人の率でいうと日本はけっこうな商圏なんだよ。海外マニアも日本に来る」
「国によっては違法でもないんだろうしな」
マモルは頬杖をついて考えた。それを貿易のネタにする国だってある。希少種には保護という意識が国際的にノーマルになっているから、輸入禁止のものも多いが、そうでないものは乱獲されている地域もある。
海外に直接販売しようと考える業者がいてもおかしくないし、きっといるだろう。それは国内では違法だが、海外では認められている。とはいえ、そうやって乱獲したり、海外種を持ってきて養殖したりすると、それが新たな外来種になって在来種を脅かすこともある。
「頑張りなよ、伊達君。闇業者を育てることが、君の倫理に反してるのはわかってるよ。でもさ、国内最大級の展示会に商品を出せるチャンスなんてそうそうやってこないよ。そりゃ金を払ってブースを出せば出せるけども、そうじゃないだろ? 君は中でも大物との接点を持ちたいはずだ。となると、やっぱりメインイベントに参加するぐらいのことは必要なわけだ」
リベルが言い、マモルは目を上げた。
「メインイベントって何だよ?」
「え、ハンターのライブパフォーマンスだよ。そんなのも知らないの?」
「草原に見立てたゲーム会場で、虫を撃つわけ?」
「あー…まぁ似てるけど違う。あれ、全然知らない?」
「知らないから教えてくれ」
開き直るマモルに、リベルは肩をすくめた。
「毎年、いくつもゲノム編集された新種の生物が作られてるのは知ってる?」
「知ってる」
「目的としては造形美を極めるものから、虫玉になったときの美しさを求めるものまであるけど、ハンターとの戦闘ショーをさせるための新種もいる。これは最近の流行りでもあってね」
「でかい虫と対決させられるのか?」
マモルが言うと、リベルはパチリと指を鳴らした。
「当たり。新装備の商品PRにもなるから、勝てば賞金ももらえる。名も通る」
「それに出ろと?」
「なかなか出られないんだよ、出たくても」
「そか、良かった」
「黒烏会に口利きしてもらおうとしてるんだけど」
「ちょっと待て。その勝負、セーフティネットはあるんだろうな? 人間が負けそうになったら周りから殺虫剤が噴射されるとか」
「場外乱闘になりそうになったらあるかもね。でも考えてご覧よ。人間と対決できる虫が死ぬような薬剤、人間だって死んじゃうよ」
「言ってることはわかる。でも俺は別に目立ちたいわけじゃない。ただ、その新種を作って虫玉にしてる業者を知りたいだけだ」
そう言うとリベルは口を尖らせた。
「そういうことは、ちゃんと裏に入らないとわからないもんだよ」
「命を張ってか?」
「他に何を張れるの? お金もないでしょ、広いネットワークも人脈もない。つまり業界内に君は何の信頼もないわけ。技術が高いのは知られてる。ブランドとしてはある程度高まった。今、ここで優等生ぶってたら、やっぱりあいつはICCのスパイだってことになるだけだよ」
「俺がもし、元ICCじゃなかったらここまでしなくて良かったってことだよな?」
「そうだね。黒烏会だってバカじゃない。簡単には信用しないよ。だからこそ、黒烏会が後ろについてくれたときに、君の信頼が上がり、イベントに出て本物だってことを知ってもらえたら、初めて声がかかるんだよ。それとも、あと何年か地道に虫玉を売り続けて信頼を得ていく?」
マモルは首を振った。こんなことあと数ヶ月だって続けたくない。
「伊達マモルは、一流ブランドだよ。まだ傷一つついてないブランドだ。だからこそ、裏の流儀に従うかどうかを、全力で証明しなきゃならないんだ」
「闇ハンターを育て、希少種を惜しげもなく殺し、そして殺されるために作られた虫を殺さないといけないってことだな」
「百点満点」
リベルが言い、マモルはビールを飲み干した。
「もっと飲む?」
リベルは答えを聞く前に、新しいビールを出して、マモルはそれをプシュッと開いた。
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