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 *  JIPAの動画はまた継ぎ接ぎだらけで作られたものだった。  ケイはそれを何度か見直し、そしてマモルがタックルを受けたシーンで一時停止して画面を睨んだ。  JIPAの幹部が希少種の窃盗に入ったハンターの情報を得て、死闘の結果、希少種の奪還に成功と書いてあった。  が、ケイにはわかる。マモルが希少種の玉を盗まれていたら、あの程度の追跡で終えたりしない。あいつはひたすら車をどこまでも追っただろう。見えなくなっても、どこまでも。そしてJIPAの本部にも殴り込みに行ったかもしれない。  それがあっさり諦めて立ち去っている。  マモルからこの件以来、直接連絡も、もちろんミキを通じた連絡も入っていないが、ケイには虫玉が無事マモルの手にあるのだということだけはわかった。  しかしミキに裏切られるとは。  ケイは羽田ゴウが何かしかけたのだろうと思った。彼女はまだいろいろと経験も少なく、素直だ。だから仕事のためとはいえ、マモルが希少種を大量虐殺するとでも吹き込まれたら、JIPAに寝返るしかなかったのだろう。それは正義ではないから。マモルを正すべきだと思ったのだろう。  自分のミスだとケイは思った。羽田の動きにも敏感になっておくべきだった。ICCの内紛やら根回しに躍起になっていたから外部がおろそかになった。  マモルはミキに裏切られた自覚はあるだろうが、ケイのことはまだ信じているに違いない。そうでなければ、ケイのところに押しかけてくるはずだからだ。今すぐICCに戻せと言って。そうなってないなら、マモルはケイを信じている。  だから計画は続行される。  マモルは展示会の場所や日時がわかれば連絡すると言っていた。その連絡はまだない。今までに聞いた話では、ある程度の規模があるようだから、主要な大規模会場は探ってみたが、そのままヒットするようなイベントはなかった。非公開の展示会場というのもあるし、あるいは名前を変えて利用していればわからない。関係者以外立ち入り禁止の展示会なんて山程あり、全てを調べ上げるには時間がなかった。  ケイは動画を見直し、マモルが大きな怪我をしていないかどうか確かめた。見る限りは軽微な怪我に見えたが、衝撃度合いはよくわからない。  体調を崩して連絡が取れないとかじゃないといいが。  ケイは画面を切り、そして執務室の中を眺めた。  待つ側というのは、こんなにもどかしいものなのか。今まではマモルにミキというカメラをつけていたようなものだから、手に取るようにマモルの動きがわかったが、今はもう互いを信じるしかない。  ノックがあり、ケイは姿勢を戻した。 「江東です」 「ああ、入って」  ケイは書類から目を上げたふりをしてカナを迎え入れた。 「伊達のことか? とうとう手配されてしまったな」  ケイが先回りして言うと、カナは少し残念そうに目を伏せてうなずいた。 「昆虫館で伊達さんを見た時、私、ショックで…」 「そうだな、谷井も言ってた。どうにか捕まえて引き戻したかったって」 「はい…」  カナはしょんぼりしていた。目標だった駆除士の墜落は見たくないものだろう。 「こんな言い方するのも何だが、伊達は必要最小限しか奪っていかなかった。まだ理性があるってことだろう。そのうち疲れて自首してくるかもしれないしな」 「はい。そう期待しています。事務長が登録コードを使われたのも、怨恨でしょうか? 伊達さんはICCをやっぱり恨んでるのかな…」 「ちょっとした仕返しぐらいは。まぁでも、あれだけ派手にカメラに写って、JIPAにも撮られてたんじゃ、事務長に罪をなすりつける作戦も嫌がらせ程度に終わってしまったから悔しがってるかもな」 「あ、そうだ。今回の情報、JIPAからICCに入ったって本当ですか?」  カナが少し憤慨するように元気になり、ケイは苦笑いした。 「どこからそんな噂が? JIPAがICCに通報なんてするか?」 「谷井さんがそんな感じの話を、別の管理官とされてたから、そうなのかと」 「そりゃ谷井のブラックジョークだろ。JIPAもそこにいたもんだから、なんでって話になったんだろう。逆にJIPAがICCの通信を盗み聞きしたとかじゃないのか?」 「そっか…。でもJIPAも私たちも、希少種を守りたいってところは一緒なのに、敵対しちゃうんですね」 「虫側に立つか、人間側に立つかで許容度は変わるからな」  カナは納得するようにうなずいた。 「JIPAは取り戻した虫たちは、既に虫玉になっていたって発表していますよね。ICCで回収はしないんですか?」 「JIPAはICCを信用してないから、自分たちで保管してるって話だ。もしかしたら昆虫館に戻すかもだけど」 「そうなんですね。指名手配されたから、警察も伊達さんを探すんですか?」 「探す。普通に犯罪者だからね」 「止められ…ないんですよね?」 「手配をか? それは無理だな。昆虫館が被害者で、ICCは仕方なく犯罪者を擁護してないと証明するために、伊達の情報を出さなくちゃいけなかった。それだけだ」 「警察に抵抗したら、撃たれたりも…します…よね?」 「抵抗すればな、ティーザー銃だろうけどな」 「怪我…しないいいけど」  カナは小さく息をついた。 「伊達のこと、まだ好きなのか? カナよりかなり年を食ったオッサンなのに」 「え」  カナは少し赤くなった。 「好きとかじゃなくて、憧れてるだけです」 「ふうん」  ケイは笑った。駆除士の教科書にも載った失態と成功の見本市みたいな男だからな。 「あんまり気にせず、カナはカナの道を行くことだ。誰だって道を踏み外すことはある。でも立ち直ることだってあるんだから」  ケイが言うと、カナは少し考え、それから顔を上げた。 「そうですね。私もがんばります」 「うん、出世して見返してやれ」 「あぁ…それはまだまだ先かな」  カナが言い、ケイは微笑んだ。調子に乗りすぎないところもいい。 「カナは自慢の姪だよ。コーヒーでもおごってやろう」  ケイはそう言って立ち上がり、カナが「やった」と喜んだ。
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