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展示会の前日の朝、マモルは昆虫館で手に入れた希少種の虫玉をリベルに預けた。既に動画を見せて、展示会主催者には歓迎、招待されていたものの、実物が手に入らないうちはリベルも不安だったようで、本当に存在するんだろうなとうるさかった。
虫玉を見たリベルは展示会に出すのにピッタリだと喜んでいた。そりゃおそらく世界に一つしかないレベルの玉だ。コレクターなら喜んで大金を出すのだろう。それが手元に四つもある。リベルはそれをどんな客にプレゼンテーションするか、ニヤニヤしながら考えていた。
マモルはそんなリベルをdragonflyに残し、黒烏会のボスに呼び出されてポイント7に向かった。ハルカを助けて以来、マモルは何度かボスに店に呼び出され、酒に付き合わされていた。明日は展示会だし、マモルはショーに出ることになっていたから、酔うわけにいかないと断ると、ボスはホットドッグを食べに来いと言った。
で、仕方なく行く。
リベルはボスがマモルを婿にと言っているみたいな話をしていたが、ハルカはマモルに気はなく、ボスの用心棒をしている奴と楽しんでいるようだった。そんなことをマモルは口外しないが、用心棒にはしつこいほど脅されている。マモルだって事を荒立てたくないから、しっかり口をつぐむ。
店に行くと、いつも奥に招待された。
カードゲームやダーツを少しして、それから酒や食事が運ばれてくる。
カードゲームはいまいちルールがよくわからず、マモルはいつも負けた。それがボスは楽しいらしかった。別にそれで金を取られるわけでもないので、マモルも付き合っている。
ダーツはやっているうちに点を取れるようになってきて、ボスは用心棒とマモルを勝負させて、勝った方に褒美をくれることがあった。マモルがこの前、ようやく勝てて、用心棒には睨まれたが、ボスは嬉しそうに高級な酒をくれた。その酒はリベルの店に並んでいる。
今回もポーカーを少しして、マモルはボロ負けして笑われ、ボスは機嫌良かった。用心棒たちもゲームには参加するが、飲み食いの時間には人払いしてボスとマモルだけになった。そんなことは初めてだったので、マモルは警戒した。
用心棒たちも出ていくときに不満そうだった。
「伊達、明日優勝したら、おまえが欲しい物を何でもやろう。やりたいことでもいい。ボスの座とか言ったらぶっ殺すが、おまえは節度を持ってるだろう?」
ワインを飲みながらボスが言い、マモルは運ばれたホットドッグを食べながら考えた。
闇市のボスに節度のあるプレゼントを希望しなくちゃいけない。そんな困難なクエストがあるか?
「何でもいいぞ。ハンターならいい銃も欲しいだろう?」
そういう系か。マモルはうなずいた。
「銃はまぁ…今あるG2で十分ですけど、G2につける消音器がいいのがなくて。あれば嬉しいかな」
「つつましい奴だな」
そう言われてマモルはまた考えた。他に何かあるだろうか。
「おまえ、人は撃ったことないのか?」
そう聞かれてマモルは驚いた。
「ないです。もちろん」
「だろうな」
ボスは笑った。冗談だというように軽く手を振る。
「ハルカが、おまえは虫の話しかしないからつまらないと言っていた。気が合えば、根性はありそうだから婿にしてやってもいいと言ってたんだが、残念だな」
マモルはどう答えるべきか迷った。残念ですと言ったら、婿にしてほしそうだし、良かったですと言ったら婿になんかしてくれるなと聞こえる。困る。
ボスはそんなマモルを見て笑う。
「おまえは堅気に戻った方がいい。裏には向いてない」
「え」
マモルは当惑してボスを見た。
「この展示会が終わったら、ICCに戻れるように環境大臣に口利きしてやろう。だが、娘を助けてくれた恩は忘れるわけじゃない。困ったら頼ってくれ」
マモルは唾を飲みこんだ。バレたわけじゃないよな。口利きって言ってるぐらいだし。俺がクビになったという前提で話してる。そのはずだ。
「それともICCはもう二度と嫌か? だったら面倒は見てやるぞ。あのリベルという若いのはおまえと違って才覚がある。奴の下で我慢できるならハンターとして使ってやる。ただし人も撃つことはあると思え」
マモルは停止して瞬きだけをした。息が止まっていたことに気づいてゆっくり吐く。
「いや…えっと…人は…撃てそうに…」
「おまえには無理だ」
ボスは笑っていた。お見通しというヤツか。
「はい、たぶん無理だと…」
「残念だな。腕はいいのにな。いい消音器をつければ、暗殺だってできるぞ」
からかうようにボスが言い、マモルは笑っていいのかどうか困惑した。
「ICCでいいか? 別の業界がいいなら手配してやる。どうした、すごい汗だぞ。そんなだからポーカーに勝てないんだ」
そう言われてマモルは汗を拭った。
「いえ、ちょっと…急だったんで…びっくりしたと言うか…その」
「安心しろ。おまえに人を撃てとは言わないから。だけど明日は勝てよ。虫相手なんだから。いいな?」
「はい」
辛うじて答える。
「ICCをクビになったのは、何かの手違いで、裏でやったおまえの悪事は別の誰かの仕業ということにしてやる。もみ消しは政治家の得意技だ。奴らにやらせろ」
「は…い、助かります」
「給料も上げるように言っておく」
「少しでいいです。怪しまれるから」
「つつましい奴だな」
ボスがまた笑い、マモルは深く息をついた。
店を出るときには、マモルはぐったり疲れていた。試合でスタミナが無くなった時用の薬ももらった。酒と一緒には飲むなと言われ、マモルは違法ドラッグですかと聞きたくてたまらなかったが、結局聞けなかった。
とにかく明日は負けるわけにはいかない。ボスも怖いし、これ以上、裏の世界にいるのも怖かった。一刻も早く戻りたい。
マモルはそう考えつつも、二メートルのオオカマキリを想像して吐きそうだと思った。
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