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 *  第三戦は、マモルにとっても負荷の高いものになった。自分で導いた結果だが、それでも自分より前に一人が死に、一人が辛勝したものの重傷で運ばれていくのを見、直前の戦士もボロボロになって担架で運ばれていくのを見ると、精神的にも辛かった。  マモルの後に戦う予定だった戦士が一時逃亡という噂も流れた。そんな奴は虫のエサにしてしまえと怒号が飛び交っていた。  アリーナは新しい戦士が入る前に、簡単に清掃されたが、清掃と言えるほどのものではなく、あちこちに虫の体液の残骸や、人間の血が残っていた。それはスクリーンで伝わらない、吐き気を催すほどの臭気で、逆にそれが放り込まれた獲物や戦士の興奮剤となっているようだった。  スタートしてすぐにマモルは頭上を飛んでいるハチに対処する必要があった。これはほとんど、後に残った戦士がこれを選ばないようにと先に選んだ奴らだ。そんなことをするとリベルが腹を立てるのはわかっていたが、群れとの戦い方を知らない素人に、こんなものを押し付けて平気ではいられない。せめて群れを半数にするとか、そういう側面援助はしなくてはいけないと思った。  当然ながら逃げ惑いながら対処しているうちに、エサを感知したカミキリムシとオオカマキリがそれぞれ別方向から近づく。マモルはそれらの動きも見ながら、狭いエリアを走る。今回は逃げることも戦いの一つだった。そうすることで、ハチがカマキリを邪魔し、カミキリムシもハチを捕食しようとする。そこをマモルが撃つ。  カミキリムシは素早くハチを放棄し、マモルに狙いをつけて突撃してきた。マモルはほとんど壁近くにいたから、後ろに逃げられずに横に走り、カマキリがカマを振り上げるのを見た。前から残っていたハチが体当たりしてくる。  マモルは転がるように逃げたが、防護服の一部をカマキリのカマに引っ掛けられ、高く体を飛ばされた。服が破れるのもわかった。  アリーナの分厚いアクリル板に体を打ちつけ、マモルは落とした銃を拾いによたよたと歩いた。ここで死ねない。  カミキリムシがやってくる。マモルはオオカマキリの動きを探らなければと思ったが、前から来る虫に口径の大きな銃で弾を打ち込んだ。どんな奴でも一発で、といったウリ文句は嘘だった。一発じゃ倒れず、続けて二発撃つ。  マモルは黒い影が近づいたのを見て、銃口をそちらに向けた。残りはあと一発。でもサイズ的に一発じゃ止められない。  ガシッとカマがマモルの頭向けて振り下ろされる。マモルは銃を振り回してそれから逃げた。耳と腕に血が流れるのがわかる。  カマキリの細い首を狙って撃つ。頭の周辺が吹っ飛んで丸い玉になる。  わかってる。首を飛ばしてもカマが振り下ろされることは。こいつらは腹を食われながらも戦える。人間とはそこが違う。  マモルは残っているハチがぶんぶん唸るのを聞きながら、首なしカマキリの闇雲に振り下ろされるカマから逃れて、横に何とか脱出しながら、その蛇腹のようになった腹に薬剤の入った弾を撃とうとして、指を止めた。  それまでちゃんと見えていなかった腹に白い包みがあり、そこにうじゃうじゃしたものが見えた。  マモルは舌打ちをした。武器を変える必要がある。  白いのは卵で、そして中には五、六センチぐらいの白い若いカマキリが二、三十は詰まっている。小さいとはいえ獰猛なはずで、しかも生まれたては空腹で食べざかり。こいつらに囲まれたら滅茶苦茶辛い。  先にハチを二匹始末して、マモルは金網のところに残していた大型銃を取った。カマキリはさすがに動きを弱めつつあるが、幼虫が出てきたら大変なことになるから急ぐ。こんなのを黙って入れ込むなんて酷いだろ。クソ。  流れてきた血で指が滑ったが、距離を取って姿勢を確保する。  本来なら人も倒せてしまう強力な武器で。  こんなの違法だ。違法中の違法だ。そう思いながら引き金を引く。  アリーナのアクリル板がガタガタ震えるぐらいの威力でカマキリが収縮し、マモルも銃の反動で後ろに転がった。背中で何か踏みつけた感覚はあり、マモルはそっと体を起こした。  そこには最後の一匹だったハチがつぶれており、マモルは防虫服の背中に穴が開いているのを見た。刺されたかと思ったが、立ち上がってみてもめまいはしなかった。毒は入らなかったのかもしれない。  それでも体中が痛く、マモルは膝に手をついた。  オオカマキリの鮮やかな黄緑色の虫玉が転がっている。  DJがWinnerは伊達、とコールしている。マモルは外にある時計を見た。かかった時間は十数分だったが、何時間も過ぎた感じがした。  退場用のドアが開き、マモルは清掃スタッフと入れ違いに出た。  自分の足で歩いて出てきた初めての最終戦終了者だとDJが言っていた。プール側で口笛やはやす声がしている。アリーナから出てきたマモルを、知らない関係者や道具の提供者が称えながら、体を軽く叩く。何人かは勝手にツーショット写真を撮って行った。  人だかりを抜けたマモルは脇に寄り、戦士たちの待合エリアのテント横に座り込んだ。そしてゴーグルや腰の装備を外す。  手がまだ震えていて、次の戦士の獲物紹介が遠く聞こえた。血の混じった汗が顔から落ち、マモルは腕でそれを拭った。 「応急処置ぐらいしたほうがいい」  そう言われて顔を上げると、そこには濡らしたタオルを持った銀髪のドクがいた。そして彼女はマモルの顔を見て小さく笑った。 「抜け殻みたいだね」  マモルはタオルを受け取り、顔と手や腕を拭った。腕もかなり大きな擦り傷があり、耳の上辺りはぱっくり切れて血が汗のように流れていた。タオルでギュッと圧をかけ、止血する。 「背中を見せてごらん」  ドクが言い、マモルは少しだけ体を斜めにした。  破れた服の辺りをめくったドクは、背中を見てすぐに前に戻ってきた。 「問題なさそうだね。ただ、試合を見てる限り、肋骨は何本か折れてるだろうね。少なくともヒビは入ってる。医務室はあるみたいだから、固定しておいたほうがいい」  マモルはうなずいた。立ち上がる気力が戻ってきたらそうしようと思う。 「何か胃に入れておくといいよ」  ドクがエナジーゼリーのアルミパック差し出し、マモルは押し付けられるようにして受け取った。  ため息が出る。そしてため息をつくと、思わず呻くぐらいに胸が痛んだ。ドクが言うように肋骨が折れたかヒビが入ったかしているのだろう。 「あんなに酷い戦いだったのに、おまえさんが作った虫玉はびっくりするほどきれいなんだな。危うくちょっと感動しかけたよ」  ドクはマモルの横に腰掛けて言った。  マモルはゼリーを少しだけ口にした。科学的に作られた独特な味がする。その苦味と酸味が、脳みそに刺激を与えるのがわかる。 「後の二人を見るまでもなく、おまえさんが優勝だなとわかったよ。なのに、喜びも達成感もない顔をしてるな。賞金だってかなりもらえるそうじゃないか」  マモルは黙って背後のアリーナを見た。  マモルの次の戦士が戦っている。その様子を見たくなくて、マモルは再び前に向き直ってゼリーをくわえた。不意に涙が出て、マモルは慌ててそれを拭った。  ドクは隣でそれを見て、また小さく笑った。 「それ、飲み終わったら医務室へ行こう。付き添ってやるから」  マモルはそう言われて、ゼリードリンクを絞るように握った。 「家に帰りたい」  マモルが言うと、ドクはマモルの汗で濡れた髪をタオルで包むように撫でた。 「そうだな、医務室に行ってからな」
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