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階段を降りて砂浜の方へと出る。砂浜の手前にはヤシの木や、その他南国の植物が植わっていて、遊歩道もある。
「カメラとかマイクはないから、ご安心を」
JIPAの羽田はそう言ったが、マモルは気がかりでならなかった。どこかから盗撮されているのかもしれない。
「佐伯君から話は聞いてるよ。だから協力しようと思ってさ」
羽田はそう言ってマモルを見た。マモルは用心したまま相手を睨む。
「何の話ですか?」
「だから、違法取引の妨害。ここの黒幕を探りに来たんだろ?」
「どうせ俺が虫を殺してたのを撮ってたんでしょう」
「あれは酷いショーだったね。よく我慢した。大義のためとはいえ、見てるのも辛かったよ。君も楽しそうじゃなかった。他の戦士たちはテンション上がってたのに」
「JIPAは何しに?」
「まぁご察しの通り、この酷い状況を告発しようと思って。ほら、このメガネ、端っこにカメラついてるんだよね」
羽田は自分の銀色のフレームのメガネをくいと上げた。そのつるの付け根には丸い宝石みたいなものがついていた。それがカメラ・レンズのようだ。
「大丈夫、今は撮影してないから」
信用できない。マモルは暗い海の方を見て、それから羽田に目を戻した。
「協力って何を想定してるんですか?」
「伊達君は虫玉流通の裏を取りに来たんだよな。それは僕らもぜひ手に入れたい情報だ。作戦を教えてくれたらできることを考えるよ」
「作戦はありません。動画をくれたら、それだけですごい協力になります」
「それはできないな。僕らももっと中心に入り込みたい」
「それはこっちがやるから大丈夫です」
「伊達君はICCとJIPAは永遠のライバルだとでも思ってる? 生命を愛する気持ちは同じなんだから、ある程度は一緒に行動できるよ」
「いえ、ICCは公的組織ですが、JIPAは民間組織です。そういう点で…」
「あのさ、僕だって駆除士だったんだからわかってる」
羽田が急に真面目な顔をして言った。マモルはその威圧感に少したじろぐ。
「伊達マモルはICCの純粋培養だから、ICCが完璧だと思ってるかもしれないけど、ICCにも不備はいくつもある。未だに虫玉流通の法整備が遅れているのは、ICCのバックにそれで利潤を受け取ってる政治家がいるからで、ICCは国家組織である以上、国に意見がなかなかできないだろう。国がその虫を指定しなけりゃ、駆除士は駆除できない。虫は毎日のように亜種や異変種が発見されてるのに、指定が全然追いついてない。素人が手を出すと危険なものだってあるのに、駆除士は法で縛られてるんだ。そうだろ?」
「…ですが」
「JIPAはその法の隙間からこぼれ落ちた不満を拾い上げ、対処しながら、ICCの駆除士が法に縛られてできないことをやってる。ICCの行き過ぎを監視することだってJIPAの責務だと思ってる」
マモルはそう言われてムカッとした。
「俺が言ってもないことを字幕をつけて流すのも必要だったんですか?」
「あれは悪かった。あいつらは脱退させた。謝罪だってしただろう」
「俺はそれで叱責を受けました。給料だって減らされた」
「おまけに、こんなことさせられてね。気の毒に。悪かったよ。だからこそ、協力しようって言ってる。君の相棒は本物の犯罪者だろう?」
「JIPAに頼る予定は今後もありません。危ないから早く出ていってください。羽田さんだって、そこそこ有名なんだから顔を知ってる人だっていますよ。JIPAが紛れ込んでるってなったら騒動になります」
「佐伯を巻き込んでおいて、何を言ってるんだ。佐伯は昆虫館に君が盗みに入ると知って、とても心を痛めていた。普段はしない失敗をたくさんやらかし、悩んでいた。君の罪を未然に防ぎたい気持ちもあったみたいだ。無駄だったけどね」
「俺だって好きでやってるんじゃない」
「そりゃそうだろう。佐伯にもそう言っておいたよ。ただ、ICCがICCの膿を出したがってるならこっちも協力するって言ってるだけだ。さっきICCの関係者を見たよ」
マモルは羽田を見た。信用していいのかまだ確信が持てない。
「誰?」
「理事かな。元理事かな。とにかく見たことがある顔だよ。展示会場にもチラホラいるだろ、元ICCっぽいのが」
「戦士にはいませんでした」
「あれはね、ちょっと異質だから。虫玉売買の関係者エリアには元駆除士もいたよ。君とは現役時代が重なるような年齢の人たちじゃないけどね」
マモルはまだ賑わっているプールの方に視線をやった。パーティは二時間程度だから、もうすぐ終わりに向かう。
「ここに来てるJIPAの関係者は、羽田さんだけですか?」
「いや。どうして?」
「ここには組織犯罪の関係者もたくさんいます。バレたら危険でしょう。早く撤収してください。動画はもう必要なだけ撮れたんでしょう?」
「決定的なのが撮れるなら残るよ」
「部下を守るのもリーダーの仕事でしょう。羽田さんはともかく、部下の人は戦闘ショーや展示会にあるモノを見て、ショックを受けてるんじゃないですか? どちらにせよ長時間いるとボロがでやすくなるのは確実です。早めに撤収してください」
「頑固なお子様だな」
羽田がため息をつき、マモルはムスッとして彼に背を向けた。
階段を上がって、明るく音楽の流れる会場に戻ると、キョロキョロしていたリベルが手を上げた。
「伊達君、探してたんだ。僕らの商品を扱いたいって人がいて」
マモルはふんとうなずいた。
「そんなの他にもたくさん会ったぞ」
「違うよ」
リベルがささやくように言った。
「展示会と専属で契約をしようって言ってきてるんだよ。意味わかる?」
マモルはうなずいた。
「よし、行く」
マモルがそう言うとリベルは楽しそうに笑って歩き出した。
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