13

10/10
前へ
/94ページ
次へ
 *  フェリーが出入りしていた北の港への道は、途中から蜘蛛の巣だらけになっていた。中型の蜘蛛が数体。地面近くに巣を張るのもいれば、木と木の間に張るのもいた。糸も普通より少し太く、密度の高いところは白っぽく見えた。  そこに人々が絡まったり、糸を不用意に突き抜けようと触れてやけどみたいにただれたりしていた。かと思うと、よくわからない銃で撃って刺激している人もいる。いろいろな音と声が混じっている。  車両が突っ切ろうとして、何台かつっこんだようだった。が、何重にもかけられた糸に絡まれ、途中で停止している。車内から逃げようとしてさらに糸に絡まり、力尽きて脱力している人もいた。  それで巣を避けて脇道の林に入ると、蜘蛛本体が襲ってくる。  しかも、蜘蛛はその糸を張るエリアをさらに広げていた。島全体を包むまでには至らないだろうが、立ち往生した人たちをパニックにさせるぐらいにはエリアを広げていた。 「これが効きそうだぞ」  誰かが言って、自分の手持ちの薬剤を糸に吹き付けた。糸が細くなっていって切れる。それを見てわぁとそちらに人が集まった。 「一旦、ホテルに戻ってください。まだ蜘蛛以外にも逃げ出してるのがいます」  マモルは叫んでみたが、誰も聞かなかった。むしろ早く島から逃げようという声が上がる。 「伊達君、迂回路ないの、迂回路」  黒烏会のボスと一緒にゴルフカートみたいなものに乗ってきていたリベルが声をかけた。 「迂回路を行っても港が壊滅してる可能性だってある。一旦戻ってろ」 「えー、しょうがないな。ドローン飛ばして見てみようか」 「そんなの持ってるのか」 「まぁね」  リベルが言い、マモルはそれを一緒に見た。ホテルのどこかの屋根にあったらしいドローンが飛び、北の港側へと一気に飛んでくる。高度を下げてゆっくり旋回し、港の様子をリベルの携帯端末に写す。 「船はまだありそうだね。あ、でも向こうに警備艇が見えるな。ボス、どうする? 今ならヘリポートはがら空きだけど。ヘリパイがいない。その向こうにJIPAのボートはあるらしいけどね」  そう言ってリベルはドローンを港の端に着地させた。 「JIPAの動きも知ってるのか」  マモルが言うと、リベルはぺろっと舌を出した。 「そんな。僕が追っかけてるのは伊達君のことだけだよ」 「誰のでもいいから奪って逃げろ」  ボスが言い、マモルは息をついた。JIPAとぶつからないことを祈る。 「伊達君も乗りなよ。蜘蛛は警察が何とかしてくれるよ」 「あれを放っておけって?」  マモルは地獄で苦しむ人々みたいな先を見た。 「いいから来なって」  リベルに腕を掴まれ、マモルはカートに引き寄せられた。危ない体勢になったので、仕方なく足をかけると、カートは急転回した。 「こっちに虫が来たとき、助けてくれないと困るからね」  リベルはそう言ってふんふんと鼻歌を歌いながらどこに逃げたらいいのかわからず戸惑っている人々を追い抜いて走らせる。  マモルはカートの助手席に座り、屋根をよけて空を見た。 「ヘリも来てるぞ」  後部座席にいるボスも一緒に上を見て、少し焦り気味に言った。 「ナベとか、他のはどうしたんですか?」  マモルが後ろに聞くと、ボスは首をひねった。 「脱出経路を探させたけど、使えん奴らばっかりでな」  マモルは軽くうなずいて肩をすくめた。リベルがうまく立ち回ったってことか。 「JIPAの若いのはどうしました?」  黒烏会としてもメリットがあったわけだし、さすがに殺してはないだろうと思ったが、一応聞いてみる。 「撮影した動画もらって解放してあげた」  リベルが楽しそうに言った。  なるほど。マモルは流れてきた汗を拭った。銃の残弾を調べる。リスト通りなら、まとまってやってこない限りは対処できるだろうが、獰猛で貪食になったゴキブリの類が数匹どこかにいると思うと不安になる。  あいつら飛ぶからな。  マモルはそう思って、何気なくもう一度空を見て、薄茶色の羽を見た。 「リベル!」  注意を促そうと思った途端に、それはカートの屋根に体当たりするようにして空からやってきた。カートは斜めになり、バランスを保てずに倒れた。  マモルは転がり出て、長い触覚が自分に触れるのを感じた。ぞわりとする間もなく、銃を向ける。  ボスが足を何かに挟んだようで、リベルが肩を貸して引きずり出していた。  そっちから意識を反らさなければ。マモルは体勢を整えないまま一発撃ち込み、中心を外してしまう。それでも一匹目は足を数本と腹を一部残して固まる。残った足がジタバタ動く。瀕死状態のときに出す臭気が漂う。それが仲間を呼ぶのはマモルも知っている。  臭いに誘われ、残り二匹が近くに飛んできたのを見た。  初めて虫に襲われたらしい黒烏会のボスは「うわぁ」と言いながらリベルと逃げていく。一匹がそっちを追おうとしたので、気を反らすためにマモルは威嚇射撃をした。が、自分だって余裕がないのはわかっている。G2は弾切れしたので、AM49を構える。が、改造ゴキブリは異様に素早く、さっきの一匹が猛スピードでリベルたちの方に行くのが見えた。もう一匹はじっとマモルの前に止まって、触覚を揺らしている。食らいつくタイミングを狙われているようで、マモルはジリジリと後退した。  バラバラと近づいてきたヘリからパンとかすかに音がして、目の前の虫が胸の辺りから体液を吹き出した。そして藪へと逃げる。マモルはその体から跳ねた体液を浴びないように飛び退いた。  続けてパンパンとヘリからの銃撃音が続く。  リベルとボスの方に向かったゴキブリが何発か弾を受けてぐるぐる回転している。瀕死になった虫は毒を吐く。リベルたちも逃げているが、虫は闇雲に暴れているのでいつ接触してもおかしくない。  マモルはそいつに狙いをつけて腹の中央を撃った。ゴキブリは一瞬で動きを止め、硬直していびつな玉になる。  リベルが振り返って目を輝かせるのがわかった。あいつはバカだ。こんな時も虫玉を拾おうとしている。  ヘリの狙撃手がそのリベルを狙ったので、マモルは思わず「やめろ」と叫んだ。聞こえるわけがなく、マモルは空に向かって威嚇射撃をした。ヘリを落とすつもりはない。が、ヘリの狙撃手はマモルに狙いを向けた。  ヤバい。  マモルは銃を放り出すように武装解除して手を上げた。が、狙撃手が止める気配はなく、マモルは死ぬ気で走った。リベルと合流してボスを藪の中に運ぶ。 「こっちに」  マモルはヘリから何とか身を隠せる木々の間を抜けて、海へ出る崖を降りた。  ボスとリベルも何とか降りてくる。  そこには確かにJIPAが用意したらしい小型のジェットスキーがあった。三人で来たらしいから、三人は乗れるんだろう。  ヘリがヘリポートのそばに着地し、警官だか軍人だかが何人か降りてきたようだった。離れた南の小さい港にも警備艇が来ているのが見える。 「動くな」  リベルが乗り込もうとしたとき、別の方向から声がかかった。  見ると、夏木がヘリパイロットと支えあいながらやってきており、手には対人銃を持っていた。  黒烏会のボスも素早く反応し、自分の銃を出して夏木に向ける。  夏木がリベルに、ボスが夏木に銃口を向け、マモルはその場で凍りついた。 「安心して。定員五人だって。みんな乗れる。どうぞ」  リベルが言い、夏木がゆっくり近づいて乗り込む。夏木は銃をリベルに向けたまま座る。パイロットはその横にピタリとつく。  その後からボスが乗り、銃をしまってマモルを見た。 「おまえも来い」  という声が終わらないぐらいのタイミングで、ジェットスキーのエンジンがかかった。 「伊達君、ごめんねぇー」  リベルが言い残し、マモルは息をついた。海水が噴射されて一気にスピードが上がる。  あのサイズで定員が五人のわけがない。物理的に乗れねぇし。  それはマモルだってわかっていた。それにしても、あっさり捨てていくんだな。  マモルは顎から汗が滴るのを拭い、ジェットスキーが遠ざかっていくのを見た。  気をつけろよ。四人でも定員オーバーだろ。  マモルが崖を登って戻ろうとしているところへ、JIPAの二人が現れた。 「ナイスタイミング。一緒に乗ってく?」  羽田が言い、マモルはその横にいる若いのを見た。彼は泣いてないばかりか、銃を持ってマモルに向けていた。 「悪い、あんたらのは俺のツレが乗って行った」  マモルが言うと、羽田は顔をしかめた。「どして?」 「殴っていいですか」  若いのが羽田に言って、マモルは両手を前に出した。 「やめ…」と「いいよ」は同時だった。  マモルは強烈な左パンチを受け、崖を転がり落ちた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加