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 *  長い長い事情聴取と、ICCの報告業務が終わったのは、それからさらに一週間以上が過ぎてからだった。  マモルもやっとよたよたと歩くリハビリをはじめており、ケイは赤ん坊みたいだと笑った。  それでも病院の屋上庭園を一時間かけて二周するという自主練を頑張ったので、ケイは売店でアイスを買ってやった。マモルは屋上庭園のベンチで、ソーダ味のアイスキャンデーを食べた。ケイは隣でコーヒーを飲む。  マモルの携帯電話の画面が光り、ケイはマモルがそのメッセージを読むのを見た。 「またJIPAと下ネタで盛り上がってるのか」  ケイが言うと、マモルは笑って電話を置いた。 「羽田がガセネタで脅してくるんだよ。薬で小便がオレンジでびっくりしたって話したら、それはツメアカツチグモの毒にやられてる証拠だとか言って」 「羽田も一緒に落ちたんだろ?」 「そう。なんであいつの方が先に回復したんだろ。俺の方が鍛えてんのに」 「おまえが他の虫の毒も浴びたからだろ。死にかけたの忘れたか?」 「俺は寝てたから覚えてない」 「そうだな。一週間も寝てた」 「悪いことみたいに言うなよ」  マモルが笑って言って、ケイはうなずいた。心配した、と無言で伝える。 「リベルには逃げられるし、めちゃくちゃ被害はあったし、俺は落ち込んでんだよ。違法駆除しまくったし、毎日変な夢を見るんだよな。体力は何とかなっても、問題は気力が戻んのかってとこだな」 「それは駆除士を辞めたいってことか? ICCを辞めたいってことか?」 「わかんねぇ」  マモルはアイスの最後の欠片を食べて、残った棒を指の先でプラプラと揺らした。 「そうだな…辞めたいとかじゃなくて、出来んのかなって感じだな」 「虫を殺せるかってことか?」 「なんか、自信がないんだよな。殺しすぎて、腹いっぱいになった感じかな」 「ふうん」  ケイはうなずいた。マモルはそんなケイを見る。 「なんかこう、うまい言葉はないのかよ。元気出せとか、心配すんなとか」 「ああ? 腹いっぱいの奴に食わせる必要はないだろ。腹が減ったら食うんだから、放っておく」  そう言われたマモルはベンチの背にもたれて空を見ながら考えた。  ケイはそのマモルの憂鬱そうな横顔を見た。 「今回のでICCが内部教育制度を見直してる。おまえは今回の体験を講師として駆除士の卵たちに話してやれ。あとは昇給試験のときにも必須研修にするって副長が言ってた」 「え?」マモルは露骨に嫌そうな顔をする。「まだそういう心境に至ってない。知ってるだろ、おまえ」 「事情聴取で号泣してたことか?」 「そうだよ、それ」  ケイはマモルを覗き込むように見て笑った。 「私も見たいな、おまえの号泣」 「やめろ。別の意味で泣く」  ふふ、とケイは笑った。マモルは不服そうにしかめ面をする。 「マジでドSだよな。俺、おまえに恨まれてんのかな」 「なんで恨む? 私はおまえを見てると笑えてしょうがない。楽しいぐらいだけど?」 「俺は」  マモルがそう言って黙り込んだ。よく日に灼けた頬に涙が流れ、マモルはそれを包帯だらけの手で拭った。手にはアイスキャンディーの棒がしっかり握られている。 「悪い」  マモルは立ち上がって背を向け、よたよたと歩く。人のいない屋上庭園の壁に向かってマモルは嗚咽を漏らした。  全然号泣してないじゃないか。  ケイはマモルの横に行き、自分よりも図体のデカい男が泣く背中をさすってやった。 「大変だったな」  ケイが言うと、マモルは堰が切れたように泣き出した。しかもケイをぎゅっと両手で抱きしめてきた。  最初は何を言っているか涙声でわからなかったが、よくよく聞くとアルトや展示会場で死なせてしまった人たちに詫びていて、ケイは「おまえは本当にバカだな」と抱きしめ返した。  号泣だ。  ケイは苦笑いした。
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