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 *  それから数ヶ月、マモルはケイが言った通り、今までやったこともない事務仕事に追われた。駆除士たちが使った薬剤や弾丸の管理、移動のための交通費の精算の補助がほとんどだったが、事務長が経費節減を口酸っぱく言う理由がちょっとわかった気がしてマモルは悔しかった。  先週からは、ようやく現場復帰のためのトレーニング参加が許可された。そのトレーナーにダイトが立候補したと聞いて、マモルは戦々恐々として初日にジムに行った。ダイトとは天野島の船着き場ですれ違って以来だった。マモルがICCに復帰したのは当然知っているはずだが、マモルが事務方に入ったのでセンターで会うこともなかったのだ。まだ聴取や事後処理も五月雨式に続いていることもあり、業務以外であまり人と会うことも推奨されていなかった。  いきなり殴られたらどうしようとケイに言ったら、親指を握らずに拳を作り、相手の鼻っ柱を狙えと言われたので、聞く相手を間違えたと思った。  そうやってちょっと覚悟して会ったのに、ダイトはちょっと遅れてやってきた時、派手にジムの扉を開き、走ってマモルに飛びつきそうになった。 「マモル! 本物だな。よし。おまえ、焼き肉おごれよ。俺がどれだけ心配したと思ってるんだ。機密だったのはしょうがないけど、どうにかできなかったのかよ。俺は危うく、おまえを撃つとこだったんだぞ」  ダイトはそう言って、マモルの体を揺すった。マモルはホッとして構えていた力を抜いた。 「悪かった」  そう言うと、ダイトは首を振ってマモルの頭を抱え込んだ。そしてぐしゃぐしゃと散髪したばかりの髪を掻き回した。  それから一通りのトレーニングをした。最後にマモルがいつ頃復帰できるかなと言ったら、ダイトはすっかり鬼教官の顔になっていて、今のおまえじゃ足手まといだと言った。  確かになとマモルも思った。いろんな勘が鈍っているのもわかる。  二人はジムの利用受付ロビーにあるテーブルで、スポーツ飲料を飲んだ。マモルがダイトの分も自動販売機で買うと、ダイトはそれで済まそうとしてないだろうなと言い、マモルは焼き肉は別でおごるよと誓った。 「でも、みんな待ってるからさっさと調子戻さないとな。おまえが戻ったら復帰祝いのパーティをしようって企画が進んでる。ミドリが一番楽しみにしてて、ミミズを大量に仕入れるって言ってた」  ダイトが友人の顔に戻って言った。 「だから駆除士ってのは嫌われんだよ」  マモルが言うと、ダイトは笑った。  それからダイトはタオルで汗を拭い、真面目な顔でマモルを見た。 「マモル、実は俺も虫玉を流したこと、あるんだ」  そう言われて、マモルはダイトを見て、それからうなずいた。 「そうか」 「失望だろ」  ダイトが目を伏せ、マモルは冷たいスポーツ飲料を飲んだ。 「退院した後、俺がどんだけの奴に告白されたと思ってんだ? 知らない奴からじゃんじゃん業務アカウントにメッセージが入って謝られる。廊下ですれ違った奴に呼び止められて、深刻な顔して詫びられる。俺の気持ちも考えてみろ。俺のこと、神父か何かだとでも思ってんのかな。困ってたら、ケイがいいことを教えてくれた。そんなときは、笑ってありがとうって言っておけって。ICCも経費が浮いて、虫害対策の国庫も潤う。協力ありがとうってな」  マモルが言うと、ダイトは苦笑いをしてマモルを見た。 「高水管理官らしいな」 「そうだよ。夜中に突然泣きながら詫びてくる奴とかいたんだ。勘弁してくれって。おまえは良心的な方」  マモルはダイトを見て肩をすくめた。 「そうか、なら良かった」  ダイトも少し気持ちが軽くなった顔で椅子にもたれた。そしてマモルを見る。 「ヒーローも大変だな」 「だからしばらく駆除から遠ざけてくれてたのかもな。毎日、罪悪感を持った目で周りに見られてたら、俺もちょっと凹む」 「もう大丈夫なのか?」 「そうだな、慣れてきた。本部にいる奴の罪はほとんど聞いたしな。最初は地方からもめちゃくちゃ連絡があった。知らねぇっての。俺は別に正義感でやったんじゃなくて、命令だったんだ。断れなかった。仕事だよ仕事」  マモルがうんざりした顔で言うと、ダイトは笑った。 「おまえがそういう奴だから選んだんだろうな、上も」 「それは知らないけど。でも、みんながそうやって俺に言ってきてくれて、わかったこともある」 「何だ? みんな聖人君子じゃないってことか?」 「いや、駆除士って真面目だなと思ってな。黙ってりゃいいのに。俺なんかに言わなくても。なんか、嬉しかったな。いいヤツばっかだなと思って」 「って、ニヤニヤしながら、協力ありがとなって言うのか?」 「そう。めちゃ引かれる。言ったの後悔した顔する」  マモルが笑って、ダイトも笑った。 「ミドリなんか、違法なの知らなかったーってぺろって舌出して笑ってた。あいつは相変わらずヤバい」 「なんか、わかる気がするな。やってない奴もいたか?」 「そりゃいる。この前、すごい真剣な顔で、若いのが『虫玉を売るなんて信じられませんよね!』って言ってきたから、俺のこと知らないで喋ってんのかなって思って、俺も演習林とか国庫の虫、玉にして売りまくったから人のことは言えねぇって言ったら、絶句してた」 「そいつ、おまえのこと知ってて声かけてるよ。同意してほしかったんだ」 「世間話っぽい感じだったけどな」 「おまえ、今、センター長より顔知られてるぞ」 「センター長の顔なんか、誰も知らねぇだろ」 「ああ…高水管理官の苦労が忍ばれるな」  ダイトが言い、マモルは眉を寄せた。 「今のは悪口だな」  マモルが憤慨すると、ダイトは笑いながら立ち上がった。 「次は明後日だな。無理するなよ。今、何してるんだっけ?」 「おまえらの交通費整理。有料道路使いすぎなんだよ」  マモルも立ち上がりながら答える。それを聞いてダイトは大笑いした。  笑い事じゃない、ICCにも予算があって、という話をしながら廊下を歩いていると、後ろから「あの、伊達さんですよね」と声をかけられた。  マモルとダイトは二人で振り返った。  まだ若い新人駆除士っぽいのが硬い表情で近づいてくる。  ダイトはマモルの肩を叩いた。  またなとダイトが立ち去り、マモルはダイトに手を振り返し、若い駆除士を見た。  マズイ。またニヤついてしまう。 「何?」  マモルは彼が何を言いたいかほとんどわかっていたが、聞いた。
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