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 * 「終わったら、内偵してる奴と飲ませろって言ってたんだよ。そうかぁ、江東だったのか。大変だったか?」  マモルに聞かれ、カナは首を振った。 「全然。私は普通に新人としていろんな会に参加して、誘われたら乗ってみるようにって言われただけでしたし。伊達さんなんかとは全然苦労が違うんです」 「いや、そういう問題じゃないからな。緊張するじゃん、バレんじゃないかなって。そういうのが、やっぱ中にいると今後のこともあるし気になるだろ」 「ん…そうですね。でも私は伊達さんが外で頑張ってるの聞いてたので」 「え? そっちは知ってたわけ?」  マモルが驚いた顔をして、カナは笑みを浮かべた。 「はい。伊達さんとペア組めるなら、絶対に大丈夫って思ってました」 「そうか。じゃぁ良かったな。俺、内偵が新人だって聞いて、今更だけど心配してたんだよ。無茶すんなよICCと思って。初めから知ってたら副長殴ってたかもだな」  カナは笑った。だから内緒にされてたんじゃないでしょうか。 「とりあえず、お疲れ様です」  カナがグラスを上げて言うと、マモルもグラスを掲げた。そしてビールを飲む。カナは炭酸ジュースだが、マモルがとても気持ちよさそうにビールをゴクゴクと飲み、まんべんなく日焼けした喉仏が動く。それを見てカナは幸せな気持ちになった。  マモルの傷は少し痕は残っているが、ほとんど癒えて、もうすぐ現役復帰もできそうだと聞いていた。  カナがねだると、マモルは快く今回の経験をいろいろ教えてくれた。ちょっとした冒険談のようで、カナは笑いながら聞いた。マモルは必死だったと言うが、結果的に彼は多くの人を救い、ICCが望んだ結末に近い成果を上げた。  マモルの話の後、カナもセンター内でのことを少し話した。駆除士のみんながマモルを擁護し、そして心配した様子を話すと、マモルは少し恥ずかしそうにした。その照れ隠しか、マモルはカナをものすごく褒めた。観察眼もあるし、落ち着いてる。駆除士はもちろん、どんな仕事をしても有能だと言った。 「ケイにも黙ってたんだってな。すごいな、江東。ケイを騙せる奴って、この世に江東しかいないんじゃないか?」  マモルは感心して言った。カナは慌てて首を振る。 「そんなわけないじゃないですか」 「でも苦労もさせたよな。ダイトは俺のこと怒りまくってたみたいだし」 「はい、すごく怒ってました」  カナは思い出してうなずいた。駆除士たちの反発はとても大きなものだった。それだけ、みんな伊達マモルを心底信じていたんだと思って、カナは早く真実を言いたくてたまらなかった。 「あの昆虫館のとき、ダイトは俺を撃ちかけたって言ってた。一緒にいたよな? 止めてくれたんだってな。命の恩人だな」 「はい。でもきっと谷井さんも撃ちたくなかったんです。そうじゃなかったら、きっと自分で判断して撃ってたと思います」 「いや、絶対、江東がいろいろ裏工作したんだと俺は思ってる。ケイの姪だしな」  マモルが言い、カナは肩をすくめた。それは光栄。  実際、確かに少しずつ努力はした。暴走しそうな駆除士もいたけど、冷静になってもらえるように意見したり、ダイトと話し合いを重ねたり。でもそれは、そんなに辛いことでもなんでもなかった。本心だったから。  周りはカナをマモルに夢中で盲目になっている新人の女の子だと思ってくれていたが、盲目というところ以外は当たっている。  マモルは組んでいるという意識はなかったみたいだが、カナはとても心強かった。マモルなら悪い人たちに染まらないと思ったし、きっと窮地に陥っても這い上がってくると思っていたから。絶対に成功すると思っていた。  そして思った通り、マモルはすごいことを成し遂げて、また教科書に載りそうなのに、みんなに優しい。今回の事件は、結果的にほとんどの駆除士を敵に回したようなもので、本当なら駆除士たちに煙たがられてもいいぐらいなのに、あっという間に笑いながら、輪に戻ってきた。それは本当にすごいと思う。普通はそんなに簡単にできることじゃない。  こうして改めて話を聞いていると、もっともっと一緒にいて学びたい気持ちが高まった。人間力みたいなものも見習いたいと思う。 「伊達さん、戻ったらまた私の指導係になってくれますか?」  勇気を出してカナが聞くと、マモルは目を丸くした。 「指導はダイトがやってるんだろ?」  カナはうなずく。「でも、できれば」 「あと残り二ヶ月ぐらいだろ。俺も最初はたぶん自分の様子見るし時間が勿体ないよ」  カナは唇を噛んだ。そうか。やっぱり。  そんなカナを見てマモルは笑みを浮かべる。 「指導期間が終わったら、どうせ一緒に仕事するじゃないか。俺はまだしばらく班は組ませてもらえないだろうけど、俺が班を組んだら江東を入れるよ」 「え、本当ですか?」  カナは思わず声を上ずらせた。嬉しい。 「そりゃそう。どこも優秀な新人を欲しがってる。取り合いだよ」 「そういう時って、どうやって決めるんですか? じゃんけん?」  カナが言うと、マモルは笑った。 「そんな適当に決めるわけないだろ。話し合いとか、上からの命令とか。能力差とか得意分野で決める。その時の任務にもよるかな」 「じゃぁいつもってわけじゃないんですね」 「俺を独占したかったら、ケイみたいに管理官になるんだな。あれは異動がない限りずっと一緒だから。まぁそろそろケイも出世して、俺も自由になるだろうけどな」  マモルが言い、カナはその言い方になんだか勝ち目のなさを感じた。 「私が管理官になる頃には、伊達さんもきっともっと出世して、いなくなっちゃってるでしょう。ずるいです」 「ずるいって何。江東は簡単に俺を追い抜くんじゃないかな」 「私は伊達さんからまだ学びたいんです。どうしてそんな意地悪言うんですか?」 「意地悪言ってるつもりは…」 「意地悪です。すごく。傷つきます」 「何だよ、酔ってんの? 絡んでくるなぁ」  マモルはそう言って、料理を勧めてくれる。カナはそれを食べ、美味しくて悔しくなる。この店も叔母さんに教えてもらったとかって、幸せそうに言うから。 「叔母さんと、付き合ってるんですか?」  カナはマモルを軽く睨むぐらいの気持ちで見つめる。  マモルは頬杖をつき、それからカナをちらりと見る。 「すげぇな、そういうことストレートに言えるの。ちょっとびっくりした」  若いとか幼いと言われた気がして、カナはむっとした。真剣なだけなのに。 「そうだな…付き合ってはないな。友だちみたいな感じだし」 「でも、好きですよね?」  カナは詰める。認めさせたい。そして私に諦めさせてほしい。 「ん…何だろうな…」  マモルは真剣に考え始める。その姿にカナは傷つく。 「あんな毒舌な奴、他に耐えていけるのはなかなかいないだろうな、とかは思うな。そうだな…相当ひねくれてるけど優しいしな…そういうの、わかってくれる奴はどんだけいるかって思ったりは、する…かな」 「大好きじゃないですか」  カナは怒りを感じてマモルを睨んだ。マモルは困ったようにカナを見る。 「まぁな。嫌いじゃないし、どっちかって言うと好きだ」 「嘘です。すごく好きです。私も伊達さんのこと、こんなに正直で嘘つけなくて、なのに不器用で、ちゃんとやっていけるのかな、私がサポートしてあげないとって思っちゃうのと一緒じゃないですか」 「俺、心配されてんの?」 「はい、すごく心配です。ちゃんと好きな人に好きって言えるのかなって」  マモルは苦笑いした。 「ケイに言ったら、殴られそうだろ?」 「ほら。そういうところが」 「殴られたら、江東が慰めてくれんの?」  カナはマモルを見た。どうして怖い虫には勇敢に立ち向かえるのに、ほとんど勝てるとわかっている勝負に腰が引けるんだろう。 「いいですよ」  カナは頑張って笑った。それでもマモルは頬杖をついて、殴られんのは嫌だなぁとつぶやいている。 「私は伊達さんが好きです。憧れでの人でもあるけど、それ以上にとても素敵だと思ってます。なのにどうして私が伊達さんの恋を応援しないといけないんですか。ずるいです」  そう言ってカナはちょっと涙ぐんだ。本当にずるい。  マモルが前で少し戸惑うのがわかったが、悲しい気持ちはますます深まっていく。叔母さんには敵いっこない。二人が昔からとても仲が良くて、お互いを意識することもないぐらいに自然に認めあってるっていうのもわかってる。  だからこそ悲しい。悔しい。 「俺、絶対ケイに殴られると思うんだよな。江東のこと泣かしたとかってなると。でも確かに、俺は殴られといた方がいいのかもしれないな」  困りきった末に、マモルはそう言ってカナの手に触れた。  カナは顔を両手で覆って涙を隠していたが、涙が一瞬止まるぐらい驚いた。 「憧れてくれて、ありがとう」  マモルが言った。その優しい声にカナはギュッと心を掴まれる。  でも違う。  カナは顔を覆ったまま首を振った。 「好きなんです」 「好きになってくれて、ありがとう」  もう最低だとカナは思った。どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。他に好きな人ができなくなっちゃったら、責任を取ってもらいたい。 「俺はさ、江東も頑張りすぎてないかって心配だった。今のままで十分できてるから、焦らなくていい。たまにはワガママを言ってもいいと思うぞ」 「じゃぁ」  カナは両手を少し下げてマモルを見た。目が真っ赤だと思うけど、もういい。わがままを言わせてもらいたい。 「じゃぁ、この後、パフェをごちそうしてください。とても素敵なお店があるので」  そう言うと、マモルはいつもの全部溶かしてしまいそうな笑顔でいいよと答えた。  最高。  カナはもう一度両手で顔を覆って嬉し泣きをした。
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