Epilogue

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Epilogue

 dragonflyという店があったところは、すっかり空き店舗になっていた。  什器やグラスなんかはそのまま残っていたが、看板は外され、電気や水道も止まっている。不動産業者によると、店はあの展示会の直後には引き払われたようだった。リベルは最初からそのつもりだったのかもしれない。あいつはいろんな事を自分のスケジュールで着実に実行していったから。  マモルは中に入り、そこに並んでいる酒瓶を見た。黒烏会にもらった酒が封も切らずにあったのでもらっていくことにした。  黒烏会とはあれきりで、ボスもマモルに連絡を寄越さなかった。マモルも近づかなかったし、関係者がやってくることもなかった。  dragonflyを出て、駐車場のジープで待っていたケイに酒を渡すと、ケイは目を輝かせた。 「わお、プレミアムの12年物じゃないか。これはすごい」 「ヤクザの酒だけど、良かったら」 「いい、いい。何でも飲む」  ケイが嬉しそうに酒を抱え、マモルは運転席に座った。 「リベルの痕跡はやっぱりなかった。まぁでも、あいつは近いうちに姿を現す気がする」 「そうだな。おまえをからかいに来るんだろ?」  ケイは酒を手近な袋に入れ、後部座席に送り込んだ。 「来年ぐらいに、派手に展示会をやってそうな気がする。で、俺に戦闘ショーへの招待状とかを送りつけてくる」 「あぁ、ありそうだな」  ケイは面白そうに笑って言った。 「リベルの思い通りにはもうなりたくない。裏をかきたい」  マモルが言うと、ケイは楽しそうに笑い、「無理無理」と手を振った。 「協力してくれてもいいだろ。リベルの考え方に一番近いのはおまえなんだから。作戦を練ってくれよ。俺は鈍重だから思いつかないんだからよ」  ケイは興味なさそうにマモルを見た。 「おまえは真剣にバカだな」  マモルは助手席のケイを見返す。今日は休日だから、長い髪を下ろしていて、ちょっと女らしさが出ていると思ったが、それはただの外見だけだった。当たり前だ。ケイが変わるわけがない。 「いや、本当に俺じゃなきゃ傷ついてるからな、そういう言い方」 「私だって相手を見て喋ってる」 「そうかよ。バカな俺に教えてくれ。リベルへの対抗方法」  ケイはマモルをじっと見つめ、それから小さく息をついた。呆れたような顔だ。 「リベルは、おまえのことをいたく気に入ってるんだ。おまえのその、私やリベルが手に入れられない愚直なほど素直な性格は、ヨダレが止まらないぐらい甘いエサだ。おまえがリベルの弱点だし、おまえがまっすぐ対峙するのが一番の武器だ。わかったか」  マモルは眉を寄せた。 「あんま、よくわかんねぇんだけど」 「だろ、言い損だ。私の解説の努力を返せ。あんなに噛み砕いて言ってやったのに」 「おまえ、俺じゃなきゃ怒って車から追い出してるからな」 「で、どこに連れて行ってくれるんだ?」  ケイはフロントガラスの向こうを見た。  マモルは小さく舌打ちして、エンジンボタンを押した。 「おまえが言ったんだろ、たまには優雅に高原でゆっくり休日を楽しみたいって。めちゃくちゃ感じがいい店を見つけたんだよ、この前の駆除で」 「へぇ。おまえと行くと、バッタの群れとか、でかいミミズに襲われそうで不安だな」  ケイが言い、マモルはふんと笑った。 「そんときは俺が退治してやるよ。これでも上級駆除士だからな」  車がスムーズに走り出し、涼しい風が窓から入ってきた。ケイは肘をついて窓の外を眺める。彼女の長い髪が風に揺れている。 「そうだな、おまえといたら安心だ」  ケイが言い、マモルは笑って前を見た。 end.
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