0人が本棚に入れています
本棚に追加
そそくさと立ち去ろうとして、惣菜コーナーの端にある麺類に目が留まった。冷やし中華が2割引きで売られている。惣菜は夕方以降値引きになることが多いのに、この時間で値引きは珍しい。今夜は冷やし中華にしようと思って手を伸ばすと、その隣でざるそばが3割引きになっていた。気持ちは冷やし中華に傾いていたが、ざるそばの方が安い。ざるそばにしようと考えなおした時、後ろから声をかけられた。
「えっと、高校で一緒だったよね?」
振り向くと、高校時代、同級生だった女性がカートを手に立っていた。同じクラスになったことはないが、友達の友達で、時々話をしていた子だ。微妙に名前を思い出せない。
「久しぶり? だよね? 高校卒業以来かな」
話しぶりで、多分目の前の彼女も私の名前をろくに思い出せていないだろうと思った。おそらく無意識に、彼女はすっと私に視線を這わせた。片やファストファッションに身を包み、カートの中には安い品ばかり、手には2割引きの冷やし中華の女。片や牛肉やシーフードのBBQセットをカートに入れ、左手薬指には品のよいリング、透け感のあるふんわりしたワンピースをまとい、膨らんだ下腹部に手をそえた女。
先ほど追い越した男性が彼女の横に並んだ。どうしたのか目で彼女に問うている。その足元にチューリップ唐揚げのパックを手にした女の子がいて、カートにパックを入れようと背伸びしていた。
「偶然高校の時の同級生に会ったんよ。あ、うちの夫と娘。お盆だから、一緒に里帰りしてて」
その後何を話したか覚えていない。何気なく自分の胸元を見たら、左胸の上に昼食の炒め物のしょうゆと思われる跡がついていた。彼女の口が動いている間、冷やし中華を左手に、冷房が効きすぎて寒いという体で右手で左肩の下あたりを撫でさするという不自然な格好を続けた。
「次は男の子がいいなって思ってたから、お医者さんから聞いた時は嬉しかったな」
彼女はまだ話し続けていたが、飽きた女の子がぐずり始めたので、会話を切り上げようと思ったようだ。
「そろそろ行かないと」
男性が女の子を抱き上げ、彼女はそれを愛おしそうに見てから、私に別れの挨拶をした。同情の含まれた優しさだったのかもしれない。彼女は私の近況を簡単に聞いただけだった。
「冷やし中華美味しいよね。私も好き。じゃあ元気で。またね」
次会う機会があるだろうか。彼女らはまだ買い物を続けるようで、順路に従って歩き始めたが、私はドリンク類を諦め、すぐレジへと引き返した。レジでは愛想のよい店員が「冷やし中華2割引き」と告げながら、箸と一緒にかごへ商品を入れてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!