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夕立は激しさを増して降り続いた。稲光はなかったものの、雷の音は時々聞こえた。濡れているのにじっとりと暑く、それでも冬の夜を思わせるほど闇が濃い。雨に揺さぶられ、竹は轟々と暴れるようにしなる。嵐のような様相など気にすることなく、彼はにこにこと話し続けた。
「夕立が来て良かったあ。ラッキーだったわ~」
彼は嬉しそうに語る。夕立がなかったら私たちは出会わなかったはずだ。彼は私との出会いを喜んでくれているのかな。そう思うと自分も嬉しい。構えた気持ちが少しほぐれた。よく見ると、若手アイドルにこういう顔の人がいたような気がする。
「あ、もうすぐ雨やむかもしれないね」
彼が空を見上げて言った。夏の空の変化は激しい。雲のすき間から青空がのぞく。この時には私はもうディナーを期待してしまっていた。特別な食事って何かな。この格好で行って大丈夫かな。言い訳も少し用意した。くたびれた服装に見えるだろうけど、これは雨に濡れたせいだから。左胸の上方あたりについているシミは、さっき雨に降られて走った時の泥汚れだから。
せっかくだから、食事の前に服を買いに行くのはどうだろう。普段倹約しているのだから、特別な時には服を買っても悪くない。
不安と天秤にかけつつも、私は楽しい想像をとめることができなかった。高級な腕時計、お団子ヘアの女の子、薬指できらめくリング、優しく手をそえられた下腹部の膨らみ。次に会った時は夕立の中竹林で運命の出会いをしたって言えるかも。雨が弱まり、光が周囲を照らし始めた。
「急ぐよ」
彼はベンチから荷物を取り上げると、私の手を自然にとって、まだ少々雨の降る中を歩き出した。冷やし中華を簡単に処理したビニール袋が乾いた音を立てる。自分の空想に酔っていたが、我に返ると遊歩道を西に向かって歩き始めていた。元の道から帰るなら東に向かう必要があるが、こちらからも駐車場に戻ることのできる道があるのだろうか。彼はずいぶんと急いで歩いているようで、声をかけるのがためらわれた。
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