今夜のディナー

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 橋から見ているほど中州は砂の世界ではなかった。砂利の方が多く、足をとられる。中には抱えることができないほど大きな石も転がっていた。夕立はすっかり上がってしまい、今しがた感じた雨の匂いに圧迫されそうになった。  テーブルの場所までたどり着いてしまった。今から何か起こるか、一縷の希望を持ちつつも恐ろしく震えずにはいられない。目の前のこの人は、さわやかな青年ではなかったのか。今見ると、青白い顔が気味の悪いほど美しく、黒い靄がまとわりついたような服装に変わっている。  中州から見る橋は、沈む前の日の光を柔らかく反射している。誰か、私がここにいることに気がついて! 盆休みを楽しく過ごしたはずの車の群れは、下に意識を向けることなどなく、すいすいと通り過ぎていく。 「さあ席について」  彼は声さえも変わってしまっていて、今では夕立の竹林の底から響く呪詛のような湿り気を帯びていた。席に着くといっても、このテーブルには椅子がなかった。ずっと謎だと思っていたそれは、10人掛けぐらいの大きく古びたテーブルだった。頑丈さだけが取り柄のような武骨なデザインだった。仕方なく、私はテーブルの横に立った。  おもむろに彼はびくから何かを取り出した。鮎、せめて食べられる魚であってほしい。 「捕まえるのに苦労したんだ」  よく目を凝らしてみても、何だか分からなかった。小さな竜巻のような、その中で奇怪な物が蠢いているとでも言えるだろうか。 「これは何?」 「知らない? 有名なのに。かまいたちだよ」  何と返事すれば良いのだろう? 妖怪だって? ただ彼を黙って見た。しかし黒い靄はますます彼を包み込んでいき、鮮やかな紅い唇の動きを見守るばかり。 「晴れの続いた後の夕立をずっと待っていたんだよ! 分かる? この郷愁を誘う匂い! 遊び疲れて帰ってきたら、母さんが手を拭いながらおかえりって迎え出てくれた時のような、父さんに抱き上げてもらって、一緒に渡り鳥を数えた時のような、何ともたとえられない胸が張り裂けそうな匂いをさ!」  彼は声のトーンを落として徹底的な言葉を告げた。 「この匂いをかぐと、石が食べたくなるんだよ」
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