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もう何を言っているのか、全く意味が分からなかった。雨の匂いが何? どうしてそれがこんな奇妙な夕食につながるのか。涙がわきあがるのを止めることができない。心臓は止まりそうなのに。
「石なんか食べられるはずがない!」
「もちろん、今まで何度か試したけれど、さすがに石は噛み切ることができなくてね。だからかまいたちを用意したんじゃないか」
彼はかまいたちにちょっちょっと口笛を吹くかのように合図をした。かまいたちと呼ばれた竜巻状のものが、近くにあった大きめの石に風の刃を振り下ろした。カシャアっと不思議な音がして、透き通った石の切片が舞い上がった。まるで瞬殺する殺し屋のように、極薄の石のかけらを積みあげていく。
彼はその石の板をテーブルに並べ始めた。自分の前と、そして私の前に。
「これだけ薄ければかみ砕くことができるよ! さあ雨の匂いが消えてしまわないうちに! 特別なディナーをいただこう!」
すでに靄に唇がくっついただけの存在となった彼は、手のような煙をふわりと伸ばし、唇へと運んだ。
「アーッハッハッハッ! ああー!」
彼の狂気に満ちた笑い声が辺りにこだまする。
「ああーっ! ああーっ!」
笑い声は叫び声へと変貌して、周囲にサイレンのように鳴り響いた。呆然として靄が舞い踊るのを見つめる。……違う、これは本当にサイレンだ!
じわりと水位が上がったように感じる。そういえば、サイレンが断続的に鳴らされたら、ダムの水を放流するということではなかったか。
夕立は今や跡形もなく消え去り、太陽は明るい明日のために沈み始めている。橋の上の車の一団は、今日の平和に感謝して、甘い気持ちで家路を急ぐ。サイレンは止まらない。靄も竜巻も何もいなくなり、おそらく行きは良い良い中州への浅い道も、帰りは怖くなってしまっているだろう。
中州には私とテーブルだけ。そして重ねられた薄切りの石のステーキ。水は増す。私は石をとって、口にした。
この上ない滅亡の味がする。
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