狐の嫁入り

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 俗に狐の嫁入り、というやつだ 「ってことは、どこかで狐が結婚式あげてるってことだろう。はー、相手はどんなかね。人妻人妻ぐへへへ」 「人じゃないしね」  隣で雨宿りする男がけったいな笑い声をあけ、うんざりとしながら私はつっこんだ。 「いいよね! 人妻!」 「狐だよ」 「萌えるよね!」 「狐だからね?」 「異類婚姻譚!」 「なんでもありか!」  その両手のもみあわせかた、本当うんざりするぐらい嫌らしい。 「軽蔑するわ、本当」 「なにいってんの、人と狐、みんな同じ生き物! 差別良くない」 「区別でしょ」 「穴があればいっしょ!」 「ええい、スケベ通り越してただの下品だわ!」  持っていたカバンで思わず叩いた。  花も恥じらう十六歳の乙女の前で何を言うのかこの男は 「昔から変わってないわね、あんた、本当」  小さい頃からのご近所さん。俗にいう幼なじみ。  この小さな町では高校の選択肢もほとんどなくて、高校に入ってまでまだ一緒だ。  でもこうやって話すのは久しぶり。何となく気まずくて会話してなかった、最近は。  相変わらずのアホだけど、心地よい。  日があるのに雨が降る、狐の嫁入り。  今日は従姉の結婚式だ。花嫁姿見たかったなー、学校だから仕方ないけど。 「……本当に狐でもいいの?」  横目で伺いながら尋ねると、あいつは、 「いいよ、別に」  なんでもないように答えた。  いつの間にか、背が伸びたね。 「人と狐、同じ生き物」 「……穴があるから?」 「女がそういうこと言うなよ」  恐ろしく冷たい目で見られた。あんたが言い出したんでしょうが。  それからため息まじりに、あいつら言った。 「好きだからいいんだよ」 「……ふーん」  雨はとっくに止んでいる。  だけど私達は、雨宿りしている神社から動かない。 「お前、ガサツだから嫁の貰い手ないだろうしな」 「余計なお世話」 「異類婚姻譚もいいだろー、なんかロマンがあって」 「反対するだろうけどね、みんな」  特にあんたの親とか。 「じゃあ駆け落ちでいいじゃん」  そんなこと言いながら、私達はこの場を動かない。  距離が少しだけ、近くなる。 「十年以上の想いをさ、いまさら種族の違いぐらいで諦められないだろ」  あいつがぽつんと呟く。 「ん」  私は小さく頷いた。  そんなの、私だって同じだ。  二人に違いがあるなんてこと、小さい頃は知らなかったんだから仕方ない。  そっと握られた右手を、握り返す。  私の結婚式も、きっと雨だ。
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