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あの青い星の小さな島国に、巨大な白い雲が何日もかかっていた。こんなことかつてはなかった現象だったと記憶している。
「寄り道をしてくる」
あの国の言語が自然と出た。クルーの誰もがわけがわからない様子でいたが、個人船に乗り込んだところでやっと事態を把握したようだった。リーダー、と引き止める声を無視し、母船から切り離す。腐敗しないよう加工しコックピットにぶら下げたコガネムシの標本が、大気圏突入の振動で大きく揺れていた。
あれから、この星ではどれだけの時間が経ったのか。計算をコンピュータに命じると、二十八年と返ってきた。ここでは年数がそのまま生物の年齢になる概念があるから、銀河は今三十八歳だ。
自身が相応の見た目になるよう姿かたちを変える。出来栄えに満足していると、大気圏を抜けたにもかかわらず、強烈な音が船体を打ち揺らしていた。
雨だとすぐにわかったが、実に狂暴な音だった。モニタに映した外の景色は、凄惨なものだった。降っているのはあの日と同じ透明な水の雨なのに、空の色は禍々しく、地をうねる濁流は木々も家も飲み込み、怪物のように都市を襲っていた。
銀河はすぐに見つかった。建物の中の一室で彼はモニタに向かい、宇宙から見た雲の様子を観察していた。
「銀河」
呼びかけに振り向いた彼は、数日寝ていないような目を大きく見開いた。
「ア……ルゴル……?」
「覚えていてくれたか」
月日を重ねた分だけ彼は老いて見えるが、あの日出会った少年の瞳の輝きはそのままだった。首からさげたカードには、気象予報士と書いてある。この星の天候に関わる仕事をしているのだろう。
「ちょっと見ぬ間にこの星の雨はずいぶん変わったようだな」
独り言のように言うと、銀河はわずかに顔をゆがめ、目を俯ける。
「地球温暖化が進んでこの国も、諸外国も異常気象が頻繁に起こるようになったんだ。熱波や寒波、高温、ハリケーンに豪雨。子どものころにあったような夕立は、今はほとんどなくなってしまった」
「夕立?」
「アルゴルが気持ちよさそうに浴びていただろ。さっと降ってすっと上がる、あれが夕立。今この国を襲っている激しい雨は、もう三日も続いてる。毎年のようにこんな雨が降って被害者が続出してる」
水降る星というだけで羨ましく思っていたが、それにも問題があるらしい。彼の心境を思い量るには我々はあまりに違いすぎ、地球という星の繊細さを思い知る。
しかしこれほどに美しい星がほかにないことも、私は知っていた。
「それでも無駄なひと粒などないと、私は信じているよ。この星の生命力は、ほかのどの星よりも強く尊い」
彼にとっては気休めかもしれないが、どうしてもそれだけは伝えねばと思った。
私は握った手を開き、彼に差し出す。あの日と変わらぬ輝きを放つコガネムシに、銀河は再び目を大きくし、綻ぶように笑う。
「……死骸だって言ったじゃないか」
「それすら美しいんだ。こんな小さな生命ですら、美しくあれるんだ、この星は」
だからこの星の未来を、私は祈りたい。この透明な水の降る星が生んだ生命を。
この一人の青年が生まれた意味を。彼が選びもたらす未来が、続いていくように。
彼の目から、あの日見たような水の粒が伝い落ち、私はそれに指先で触れる。雨とは違いあたたかく、それよりもずっと強くて儚く美しい。
この水にも名前がついているのか、あるのならばなんというのか。私はあとで、銀河に尋ねてみようと思う。
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