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「トラ」  名前を呼んでも、トラは微動だにしなかった。  いつもは座った時にしっぽの先端がふんわりと前脚の上に乗るのだが、今のトラにはそれがない。  私は、手に持っているしっぽにちらりと目を落とした。 「トラ、一緒に夕立のところに行こう」  しかし、トラはさっと身をひるがえして、どこかに行ってしまった。 「トラ!」  私はトラがいたところに駆け寄った。  辺りを見回すと、トラは近くのブロック塀の上にいた。そこからじっと、私達を見下ろしている。 「トラ、こっちにおいで」  トラは私に懐いていないから無駄かもしれないが、私はトラの名を呼んだ。  トラの表情が一瞬動いた。トラが何を考えているのかは、私には分からなかった。  次の瞬間、トラが私に向かって、塀の上から飛び降りてきた。私はトラを抱きとめようと、両手を差し伸べたのだが…。  ガリッ!  右手がかっと熱くなった。トラは、私を思いっきりひっかいて、右手に持っていたしっぽを奪い取ったのだ。
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