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【後編】
「はぁっ、はぁっ、」
わたしは全力で走っている。
一刻も早く、みつきちゃんから離れなきゃ…っっ!
わたしは、狂ってしまって、いるから。
家についた。急ぎすぎて雨で鍵をうまくさせない。
もたもたがちゃがちゃしているとお兄ちゃんが開けてくれた。
「…はやく籠れ」
お兄ちゃんもつらいはずなのに。
「っ、ありがと」
お兄ちゃんがサッと部屋に行ってくれたことに感謝しつつ、濡れて重くなった半袖ブラウスとスカートを脱ぎ、洗濯機に放り込む。洗面台の鏡には、髪もぼさぼさで息も絶え絶えな、とてもカワイイとは言えない子がうつっている。
こんなのじゃ、みつきちゃんにも嫌われちゃうよね。
嫌われたらどうしよう。ああそうだ、いっしょに眠ればいいんだ。
永遠の愛をささげさせれば…。
「…あやめ」
ハッとする。
「わたし、なんてことを…」
「大丈夫だから。俺も同じようなことおもっちゃうから。仕方ないよ」
兄が一生懸命慰めてくれる。
「ごめんね、お兄ちゃん。お兄ちゃんも苦しいはずなのに」
力なく笑いながらふるふると兄が首を横に振る。
「俺はまだ大丈夫。あいつ、住んでる場所遠いもん」
「そ、か…」
「早いとこ着替えて籠れよ」
「うん、ありがと」
兄が持ってきてくれたTシャツとズボンを着て、台所からペットボトルの水と、クッキー缶を無心で持ち出す。
部屋に入り鍵を全部かける。
布団にもぐりよこしまな考えをつぶす。
わたしの家族は父と兄。母は幼いころに死んだ。と、いうより父が永遠の愛をささげさせた。
永遠の愛は、つまりは愛する人に「永遠の愛」を求めて、その人を殺してしまうことだ。
幼いころ、雨がざらざら降り、雷が鳴る夜。
父はわたしと兄の目の前で
「永遠に、愛しているよ」
と母に告げ、母を殺した。母は悲鳴を上げて、全力で拒んだ。けれど、父はまるで幼いころに見たことがあるかのように、美しく母を殺した。
そして母を燃やし、今も常に母とともにある。
わたしの一族は、最愛の人を雨の日ーー雷が鳴っている日ならばもっといいーーに殺めることでやっと死ねる。
逆に言えば、愛する人を殺さなければ死ねないのだ。
愛する人を追って心中にするもよし、愛する人の亡骸と一生涯を共にするもよし、ということだ。
もし最愛の人が病気や事故、自分の手以外で死んでしまったら、その人は死ねない。わたしたちの本家の蔵に閉じ込められ、お互いに殺しあう。それで死ねるひともいるがたいがいは死ねないからずぅっと閉じ込められるらしい。
本能でそれはだめだと察知されるらしく、雨の日、特に雷の日は愛と殺意に胸があふれる。だから、みつきちゃんとは帰れない。
なんてへんてこな一族なんだろう。
それでも、父が母を殺したあの日は、あの日だけは。雨が降ると、鮮明にフラッシュバックする。なぜなら、それに愛を感じてしまったからだ。
あーあ。みつきちゃんを、殺したいなあ。
大好き、だから。
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