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結婚は勢いでするものだ。
とは言うけれど、私の場合は脅迫に近いものがあった。
その日、学生の頃から仲のよかったメンバーの中でも、生涯独身を貫こうとあれほど誓い合った最後の友を見送った。
華やかな結婚式だった。
誰もが幸せそうな顔をして、彼女達を祝福した。
私の生涯独身の決意はどこへやら。私はこんなにも心を苛まれ、蝕まれるとは思っていなかった。
焦り、不安、嫉妬。
バリバリと何かが私の食い喰む音がした。
私はそれをできるだけ表に出すまいと、式中は常に自分の手の甲を抓り、戒めた。
けれど、母親の体調が思わしくないことを理由にして、二次会は断った。
本当は、母親はピンピンしているし、嘘をついてまで出ない理由は、なかった。けれど、手の甲がそろそろ限界だったのだ。
私はバカみたいに大きな卓花の入った、さらにバカみたいに大きな紙袋を片手に、バスを待っていた。
あぁ、泣きそうだ。
そう思うけれど、涙は出なかった。
30歳にもなると、肌の潤いと共に涙も乾いてしまったのかもしれない。
ため息を吐きながら、空を見上げると、灰色が迫ってきていた。
北の空から、水々しい青い空を食べるように、灰色の雲がまた一本、また一本と近寄ってくる。
私はさらに憂鬱さに苛まれる。
傘がない…
結婚式用のピンヒールを履いて、何にも入らない小さなバッグと、花が自分の持ち物だ。傘なんて持ってるはずない。
ポツッと、鼻に雫が落ちた瞬間。
私は最悪の事態を受け入れる覚悟をして、目を閉じた。
きっと夕立だろうから、すぐに止む。
どこかに逃げ込む体力はなかった。
ザァァァー
雨の音が耳を打つ。
しかし、雫が顔を一向に濡らさないので、何事かと思って、そっと目を開けた。
すると、見知らぬところから、傘が伸びてきていた。
驚いて、振り返ると真後ろにびしょ濡れの男性が立っていた。
「ええぇー⁈」
さらに驚いて後ずさるが、傘はすぐに私を追ってくる。
「危ないですよ。急に動くと、濡れてしまいます」
男性は降りかかった豪雨のせいで、髪がベッタリと額や顔に張り付いていたし、メガネはその奥の瞳が見えないほど、水滴がついていた。
そのせいか、彼は親切な人というより、妖怪じみて見える。
「え、あ、ぁ。ありがとうございます」
彼は口の端に雫を溜めて、にっこりと笑った。
ドレスアップした女と、ずぶ濡れの男が並んで立ち、
雨はすっかりと上がり、二人呆けたように空を見上げた。
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