day last memory 後編

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真っ暗になった夜道。 そこに映し出す窓枠の影と光。 それを辿るように僕は歩いた。 胸に抱いた想いを伝えるために。 一つの家の前で僕は足を止めた。 けれど、その家に近づくことはない。 二階の一つの窓を眺めた。 優しい光が灯っている。 その光を確認してから僕は携帯を取り出して一つの番号に繋げた。 コールの間、思うことは山ほどあった。 過去や苦しさや切なさ、それとは裏腹に幸せだった景色を思い出す。 「もしもし」 コールが切れてやっと聞きたかった声が聞こえる。 けれど、その先はない。 もう名前を知らないのだから。 「窓の外を見て」 僕の言葉が沈黙を誘う。 ほどなくして僕が見つめていた窓が開く。 そこから見えたのは千春だった。 窓を開けたばかりの千春は戸惑いを露わにしていた。 けれど僕の顔を確認すると一度だけ嬉しそうな顔をした。 それは一瞬のことですぐに切ない顔になる。 もう気づいているのだ。 僕らに残された時間。 僕らが今この関係で話せるのはこれが最後だと。 もう一日もない。一瞬なのだと。 「待ってて、今下に行くから」 「いや、そのままでいて」 僕はあえて近くで会わないことを択んだ。 近くで会ってしまったら覚悟も理性も消える気がするから。 それに彼女の苦しみ、泣く姿を見たくない。 千春は携帯を片手に僕を見つめた。 距離はあるけれどその眼差しは強い。 「こんばんは」 「何それ」 僕の不自然な挨拶に千春は笑いをこぼした。 僕も慣れない挨拶だった。 けれどその時間が幸せだった。 意味のある挨拶で、気軽に挨拶ができるのも最後だから。 「僕さ、きっと昔から千春のことが好きだったんだと思う。気づいたのは最近のことだったけど。でも想いが一緒だった時、すごく嬉しかったんだ。どうして今まで気づかなかったんだろうって」 頭の中で振り返る。 最初から幼馴染としか認識していなかった。 どんなに気持ちが溢れてもそれは家族のような愛だと決めつけていた。 けれどいろんな人に関わってぶつかってやっと僕は気持ちに気づけた。 千春が好きだと言えた。 千春の顔が遠い。 近くで言ったらきっと照れる様子がしっかり見られたかもしれない。 でもここからでも十分笑顔は見れた。 その笑顔を確認して僕は続けた。 「千春と出かけたり、千春と恋人らしいことをしたりしてやっと恋の形を知って、恋が楽しいものだって気づいた。幸せをもたらしてくれることを知った」 恋は綺麗で、愛は偉大だ。 でもそれは裏の顔を持つ。 「だけど、同時に辛さや苦しさを知った。こんなに近くにいるのにこの時間が儚いものだと思えば苦しくて、二度と同じものを見られないなら消してしまいたくなった。同じ時間を過ごせたらいいのに。離れたくない。そんな気持ちが僕の中で大きくなった時、闇みたいに僕を襲った。でもね、千春でよかったよ。愛の言葉を紡げる人が千春でよかった」
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