20人が本棚に入れています
本棚に追加
本音を僕は口にした。
僕の心の中には綺麗な恋と愛もあれば歪んだ汚れた愛もある。
何度理性を崩そうとしたか、いっそさらって自分の記憶がなくならないようにしようとも思ってしまった。
でもそれでも千春の笑顔があったから僕は綺麗な恋と愛を貫けたのだろう。
「私も本当の気持ちに気づけた。私だって綺麗なことばかりじゃないこと知ったよ。でもあなたに出会えてよかった。あなたがそばにいてくれてよかった」
携帯越しに千春の声が頭にこだまする。
直接届いた声ではないのに、その声が近く感じる。
僕のそばにいる、僕と繋がっている、そう思わせてくれる。
「なんか物語みたいだね」
携帯の声が笑って、僕から見える千春も笑顔を見せている。
例えが浮かぶと僕まで笑いがこぼれる。
笑った顔を焼き付けておきたい。
だから僕はじっと笑顔の千春を見続けた。
優しい顔はいつになっても僕を見てくれている。
「ありがとう。僕と一緒にいてくれて」
「私もありがとう。想いを受け取ってくれて」
優しい時間だった。
千春の笑顔が見れて、千春の想いが聞けて。
最高のエンディングなのかもしれない。
「記憶に残るね。こうやって話すことないから」
「そうだね」
きっとどちらもどこかに切なさを抱いているのだろう。
表情も声もきっといつもより優しい。
飾るような最後はそのまま貫く。
本音を残しながら。
「忘れないから」
僕はけじめをつけに来た。
最後の決断を終えた。
千春の笑顔を見ると。千春に想いを伝えると。
千春が僕の心に居続けると。
千春に誓いに来たのだ。
「絶対に忘れない。僕は千春のことを幼馴染として明日から変わるとしても恋人として心に留め続ける。だから安心して」
この距離だから涙は見えない。
でもきっと千春は泣いている。
声に出さずに静かに。
拭くことはできない。
もう触れることはできない。
だから最後に一言だけ残したい。
「千春」
千春が手を顔から離して僕をしっかりとらえた。
僕もそれに返す。
全てを込めた笑顔で見つめる。
「好きだよ」
「……私も好きだよ」
最後に交わした想いの言葉ほど美しいものはないと思った。
何よりも大切な言葉、何よりも大切な人の想い。
僕はそれが聞けて幸せだ。
「また会いに来てくれる?」
電話越しに千春が明るい声で僕に聞く。
本当にこれが最後だと。
「うん。約束する。また会いに行く」
「約束だよ」
僕は「うん」と頷いた。
わからなくてもいい。僕の想いが伝わって千春の想いが聞けたのだから。
「じゃあおやすみ」
「おやすみ」
名残惜しい時間、声、顔。
僕は全てを心にしまった。
ゆっくりと携帯を離して、窓に背中を向けた。
もう涙は見せない。
最後の時間が過ぎた。
最初のコメントを投稿しよう!