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プロローグへ
騒がしい大学の中、僕は匠と廊下を歩いた。
その横には竹宮もいる。
でも皮肉はもうない。
僕は携帯を見る。
通知は何もないが何度か同じ画面を見た。
その様子を二人は何も言わずに眺めていた。
もう始まったのだ。
僕の新しい道は。
画面にはそれが記されている。
― 千春の記憶が戻ったよ。よかったら顔を出して ―
光姉さんからだった。
朝、このメッセージが届いた。
それに僕はまだ返せていない。
決断ができないわけでも覚悟ができていないわけでもない。
答えは出ている。
けれど文字にすることはなかった。
「今すぐにでも行ったら?」
匠の隣にいる竹宮が僕の顔を覗こうとしながら言葉をかけた。
匠も同じように僕を見る。
二人の顔は絵に描いたように揃っている。
でも僕は首を振った。
「自分の生活を崩さないって決めたから」
自分勝手に聞こえてもいい。
僕は大切に思う気持ちを蔑ろにしたつもりもない。
ただ新しい道を進んでいるだけだ。
「楓太」
目の前を見る僕の肩に匠が手を置いた。
その力は重く強いものだった。
「頑張れよ」
匠も竹宮ももう知っている。
懐中時計も止まり、カードもどこかに消えた。
僕の恋は終止符を打った。
過去の話になるのだからと二人に話した。
もちろん受け入れるまでに時間がかかる。
でも僕の表情から本気だとわかったのだろう。
気遣いもある中で僕は我を貫いていた。
だからこそ匠は何を言わずに励ましたのだろう。
僕のことをわかってくれる大切な友人だから。
「じゃあ私たちも用事があるから早く帰ろう。それならいいでしょ」
竹宮の口からそんな言葉が出るといつの僕は思えただろう。
人は変わる。
それを強く実感した。
僕は「仕方ないね」と笑いながら二人についていく。
帰り道は大学の話をし続けた。
実習の話や授業の話。
僕らの周りにいる人たちの話。
何事もない日常に戻る日が来た。
それから僕らは別れた。
いつも通りの電車に乗って、いつも通りの景色を見ながら最寄りに着く。
着いた頃にはオレンジ色の空が広がっていた。
駅から出てもう一度、携帯を開いた。
時間は五時半。
画面は先ほど開けたままにしていたメッセージ画面。
一度大きく深呼吸をして僕は歩き始める。
もう一度、新しい道に進むために。
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