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僕だけ
熱風の中を僕はかきわけて走る。
足が絡まりそうになるのを立て直しながら一直線に病院に向かっていた。
汗ばむ手は携帯を握り締めている。
つい先ほど鳴った僕の携帯。
その電話は都築の姉、光姉さんだった。
僕の耳に届いた声は震える声。
その声が僕に事態を伝えた。
―千春が事故に遭ったの
最初は言葉を失っていたが、意識を取り戻したと聞いて僕は迷わず携帯だけを握り締めて家を飛び出していた。
夏の暑さが僕の調子を狂わせる。
焦りや不安が暑さのせいで膨張する。
汗が「早く」と急かしてくる。
やっと見えてきた病院に駆け込んで僕は言われた病室に向かう。
廊下を心ここにあらずというような状態で周りを見ながら早歩きをする。
すると、奥の部屋から都築の両親と光姉さんが見えた。
都築の両親は廊下の奥に姿を消してしまったが光姉さんは僕に気づいたのは足を止めた。
「光姉さん!」
「ふーちゃん。来てくれてありがとう」
光姉さんの顔は曇っている。
笑う顔も苦しそうだ。
「都築……じゃなくて千春は?」
いつものまま名前を呼ぼうとして訂正するが、光姉さんはそんなことにも気づかずに病室を涙目で見つめた。
「少し話せる?」
光姉さんが僕を見た時、そこには都築家の明るさはなく暗闇を見ているような状態にあることを知った。
病室の前で僕は光姉さんの隣に並んだ。
呼吸を整えてから光姉さんはゆっくり言葉を重ねた。
「千春、記憶がないの」
「え……」
「一部の出来事、それから人間関係も」
それは何を意味するか。
三人がここから出てきた時の表情。
それだけでわかる。
きっと都築は全員を忘れてる……
「それでも会ってくれる?」
光姉さんは無理やり笑っていた。
僕が落ち込み過ぎないようにしてくれている光姉さんの優しさだ。
見ているのが辛くなってくる。
でもここまで来たら覚悟はしている。
「はい。会います」
「ありがとう」
光姉さんは弱弱しい声をこぼした。
そして病室の扉に手を伸ばした。
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