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病室の扉が開く。
白い光が僕を包むようだった。
もう僕のことを覚えていない。
数日前は楽しくて面白くて笑い合った時間を過ごした。
こんなことが起きるなんて思ってもいなかった。
心に重さを感じながら病室に入れば目を丸くする都築の姿があった。
見ず知らずの僕が来たからか、やっぱり思い出せない光姉さんがもう一度入ってきたからなのか。
理由はわからずとも混乱しているとすぐにわかる。
「千春……」
光姉さんが優しい声と表情で都築に近づいた。
でもその一瞬が僕らを変えた。
「ふーちゃん……」
「……え」
確かに聞いた。
僕の耳はまだ正常なはずだ。
横にいる光姉さんの驚く表情が何よりの証拠だ。
それでも確実に聞こえた、僕を呼ぶ声。
昔のまま、ずっと呼ばれてきたあだ名が都築の口からこぼれたのだ。
「ふーちゃん、なんでここにいるの?」
「千春? ふーちゃんのことわかるの?」
光姉さんが信じられないという顔をしながら都築に近寄っていった。
事前に説明してあったからか光姉さんを避けようとはしていない。
でもやはり思い出していないからか遠慮が見える。
光姉さんの心の底からの声に僕の体が微かに震えた。
光姉さんの声に、震える僕に答えるように、都築は小さく頷いた。
光姉さんは僕の顔を見た。
僕に答えを求めているかのように。
「都築、僕の名前がわかる?」
「……城谷楓太」
時が止まったようだった。
呼吸も忘れ、瞬きも忘れた。
こんなことが起きるのだろうか。
まるでおとぎ話のような小さな奇跡。
でもそれは残酷で僕以外は思い出せない。
今目の前にいる光姉さんはきっと複雑で泣きたいだろう。
だから僕は光姉さんを少しでも支えるために病室を一緒に出た。
「すぐ帰ってくるから、ちょっと待ってて」
そう言うと都築はやっと安心したような微笑みを見せた。
その微笑みが痛いと思う日が来るなんて、来てしまうなんて。
思わなかった。考えるはずがなかった。
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