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「戦争ってそういうもんなんだよ。……都合の悪い事実は伏せる。多分、どこの国もそうだ」
彼はぐい、と残っていたワインを一気に煽った。多くの苦しみを、無理やり喉の奥に流し込むように。
「自分達は正義だと信じ込むことで罪悪感を押し殺す。やらなきゃやられる、を正当化する。……王様に命令されたから。そう言い訳して、俺達はたくさん無関係な人達を殺して生き延びたんだ。俺達は、英雄なんかじゃない。ただの人殺しなんだよ」
「そ、そん」
「それに、死者が数人しか出なかったのは事実だが、重傷者は結構な数出てる。地雷で足が吹っ飛んだ奴もいれば、全身大やけどで再起不能になった奴もいる。失明したやつもいれば、下顎がなくなって一生モノが食えなくなったような奴もいる。……心がズタズタになって、元に戻らなくなったやつも」
俺もな、と。彼はグラスを持っていない右手で、顔を覆って言った。
「今も聞こえる。殺さないで、痛い、苦しい、助けて、死にたくない。銃を向ける感触、逃げる女の背中の肉がはじけ飛ぶ。赤ん坊の腹が破けて腸が飛び出す、それを両親が泣きながら拾い集めようとして撃たれる。人殺しと罵る声、呪われろと泣き叫ぶ兄弟、ああ、俺は。俺ももう、元には……っ」
最後の声は、殆ど呪詛にも近いようなものだった。ぶつぶつと呟く叔父さんを、僕は呆然と見つめるしかなかったのである。
それは、僕が思い描いていた英雄とは、あまりにもかけ離れたもの。そう。
「俺は、勇者なんかじゃない。ただの、凡人だ。お前達に……英雄だなんて、迎えて貰うような価値のある人間なんかじゃないんだっ……」
彼は絞り出すように、その言葉を紡いだ。
「だから、ウォルト。絶対に、俺のようにはなるな」
叔父さんが首を吊って自殺したのは、その翌日のことだった。
彼は誰かに懺悔を聴いて欲しかったのか。そのためだけに生きて帰ってきたのだと、そう思っていたのだろうか。僕は拳を握りしめ、叔父さんの亡骸に縋りついて泣く奥さんを見つめることしかできなかったのである。
「ねえ、ウォルト。……貴方、何か知らないの?どうして叔父さんは亡くなったの。せっかく生きて帰ってきたのに」
葬式の準備をしている時、ベッキーが僕に声をかけてきた。悲しみに暮れる町の中、僕だけが違う絶望に襲われていることに気づいたのだろうか。
「……僕は」
夢と希望の英雄。そう思っていた男が最後に語った真実を、伏せるべきか否か。いや、きっと口にしたら最後、僕も。
僕はあの夜の叔父さんのように顔を覆って、しばし嗚咽を漏らすしかなかったのだ。
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