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終わり
「え?オイ春彦…」
「……す」
「ん?」
「嫌です」
そう言って春彦はまた大粒の涙を流して、恥ずかしそうに服の袖でそれを拭った。
「嫌です。僕も行きたくない。母さんが嫌いとかそういうんじゃ無くて」
小さく、でもはっきりと俺に伝わる声。
「速水さんと一緒にいたいんです。」
迷惑かもしれませんが…と続けようとする春彦を遮って俺は右腕を春彦の前に突き出す。
「こっち来い」
春彦を呼ぶ。恐る恐る手を伸ばして俺に触れた春彦を思い切り引っ張って、自分の所に引き寄せた。体勢を崩した春彦が俺の腕にしがみつく。そのまま俺は春彦の頭をぐりぐりと撫で回した。
「…っ速水さんっ!!!」
「パパ千夏もぉ~」
「ちあきもぉ」
顔を真っ赤にして抵抗する春彦をよそに、俺は千夏と千秋の頭も抱き寄せた。
「愛してるぜガキ共」
言葉にする必要とかねぇだろ。俺が愛情くれてやるって言ってんだ。
そうやって子供達とぎゅうぎゅうくっついている間に、ゆっくりと春彦の体重が俺の方へ乗ってくるのを感じた。
家族ってのは重いもんなんだな。俺は堪えきれずに声を出して笑った。
翌朝、春彦は家に来た菅谷さんに一緒に住めない事を伝えた。彼女は寂しそうな顔をしたが、決意した春彦の顔を見て腹も決まったようだ。笑顔で俺達に挨拶して旦那のもとに戻っていった。やっぱり親子だな、と俺は口に出さずに思う。腹を決めたときの顔がそっくりだ。
玄関まで見送った春彦と俺達はしばらくその場に突っ立っていたが、千秋の腹の虫が鳴った事で我に返って笑いを零す。
「飯にするかぁ」
「そうですね。じゃあ皆手を洗っておいで。」
「「はぁい」」
洗面所に向かう子供達と、その後に続いて部屋に入る春彦を見ながら俺は思い切り深呼吸をする。
よし、もう少し真面目に働くか。春彦のバイトも減らさせて、土日は動物園に行こう。春彦を嫁にもらうのはもう少し先だな。まずは子育てだ。
澄み切った冬空に誓うように、俺はじっと目を閉じた。
目の前に移るのは、空腹に耐える貧相な少年。
そして、小さなテーブルを囲む4人の家族。
end
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